ノーゲーム・ノースローライフ⑩
じゃがいもの種子を植えた最後の区間を、華麗なジョウロ捌きで土に水分を含ませる。これでゲーム内の時間で二日目、ベーちゃんの初めての田植えが無事完了する。
『みんな、ありがとうございますっ。おかげさまでベーちゃんの体力が持ちました。いやーやっぱりパンですよねパンっ! あの赤髪の男の子に感謝ですよもうっ! この体力ゲージ減り方的にあのまま無理にやっちゃってたらペナルティーでしたからね……うん、改めましてみんなチャットにコメントしてくれてありがとう、そしてなんでか私の大好きなパンを恵んでくれた赤髪の男の子もありがとうっ、本日のべいか牧場の畑作業……無事しゅーりょーですっ』
赤髪の男の子からもらった小包の中にあった一切れのパン。それがパンだと理解した瞬間、私……もといベーちゃんは有無を言う暇もなく食べた。もうコントローラーの操作ミスを疑われるレベルの速さだったらしい。
するとたったの一切れだというのに、ベーちゃんの体力ゲージの四分の一も回復してくれて、疲労が蓄積してフラフラになっていたのが嘘のように活力を取り戻し、全てのじゃがいもの種子に水を掛けてもまだ余裕があり、家に戻って部屋中を駆け巡っている。
まあそのように操作しているのは私なんだけど、かわいいからいいよね? ベーちゃんがキッチン前とベッドを行ったり来たりしているのを眺める北ノ内 べいかも、慈愛の込められた瞳で見守っているみたいだ。こちらも自画自賛になっちゃうかもだけどかわいい。
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狐っ子 〈おつかれさまー〉
みたらし団欒 〈あかん……男の子がええヤツに見えて来た〉
縦辺 〈おつかれ、ベーちゃん〉
狐っ子 〈まさか初配信で言ってたパン好きがここで生きるなんて……〉
しぃ/バーチャル配信応援 〈他人から貰った食べ物を躊躇なく食べられる精神。これゲームだけどスゴイ勇気〉
北の海 〈あのパン。今だから言えるけどあんまり自分で食べる人いません(笑) だいたいが出荷させたり、収納棚に入れっぱなしになっちゃいます〉
北の海 〈ちなみに腐ることはありませんので、保存の効くパンのようです〉
フラ太郎 〈良かった〉
フラ太郎 〈お疲れ様です〉
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『はいっお疲れ様ー。ねー私にパンをくれるなんてねー、好感度うなぎのぼりですっ! おつかれ、ベーちゃんはまだまだ走り回れるくらい元気が有り余ってますけどね。そうですね初配信で……これが伏線回収? 全然意図してなかったなー……あーうん、そう言われちゃうとそうだね、みんなはもうちょっと注意してから食べるように……って説得力皆無っ! あははっ、あのパンを食べる人はいない? ええ嘘っ! ああ出荷か……確かにそれが一番安全ではあるよね。ふーん腐らないんだ? なんだろ、シュトーレンみたいに長持ちするパンなのかな? 見た目は食パンぽかったけど……あっ、余計なことじゃなかったですよ。とっても助かりましたお疲れ様ですっ!』
みんなに感謝を伝えて、私は時間をチェックする。少し早くはあるけど、切りが良いし、達成感も込み上げて来ているし、火照ってきたし、今日はここまでにしようかな。
『うーん……では、ちょっと早いんですけど今日の配信を締めたいと思います。まだ二日した経過していませんし、種を植えただけですがちょうど良いのでこの辺で……はい』
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みたらし団欒 〈はいっ〉
狐っ子 〈はーい〉
縦辺 〈確かにここがちょうど良いね〉
北の海 〈りょうかいです〉
しぃ/バーチャル配信応援 〈途中からの初視聴でしたが楽しませてもらいました。アーカイブで見返したいと思います〉
北の海 〈次回配信はいつ頃なのでしょうか?〉
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『はい、ご理解のほど感謝します。まだ動画配信慣れしていないので拙いかもですが、是非是非【牧場自給ヒストリー】のアーカイブも視聴してみてください。うーん次回配信はね、ゲームが好きな人には申し訳ないんだけどゲームじゃなくて……生で、ライブでのイラスト制作配信をしようかなと考えています。私がこのバーチャル配信を始めた理由の一つに絵を褒められたことがあるので、まあ全然プロの絵師さんに比べたら私の絵なんて落書きみたいなものかもしれませんが、やっぱりそういうきっかけを動画として残したいなと思っていまして……もちろん【牧場自足ヒストリー】の続きもやる予定ですよ、物語も気になるしね。あとは別のゲーム……逆にストーリー性があまりないFPSとかアクションゲームも挑戦してみたいなという計画が……あとクリケットゲームのルールも覚えないとだ……んーやることいっぱい』
私が頭を抱えて悶えると、北ノ内 べいかも顔が揺れ動いている。まだ始めたばかりのせいかもだけど、こういう動画配信をやりたいという思いばかりが膨らんで、たくさんのアイデアが私を悩ませる。
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みたらし団欒 〈おおイラスト! 確かベーちゃんは自分で描いているんですよね〉
縦辺 〈無理はしないでね〉
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『えっと……そうですね。だから北ノ内 べいかのことをかわいい、とか言ってくれるととても嬉しいです。あっはい、無理はしません。辛いときは辛いと言わせてもらいますね……やはり体調が良くないときって全然集中できないですから、そんな状態で配信を行うのは私も不本意ですし、みんなにも悪いので、そこは正直でありたいと思います——』
姿勢を正して、一呼吸入れる。
マイクとの距離も適切……声を発する。
『——それでは良いですかね? ノーゲームノースローライフ。北ノ内 べいか初めてのゲーム配信を締めさせていただきます。あっ、みんな最近暑いからね、水分補給とか熱対策をしっかりとね。元気なみんながいてくれるからこその私の配信なので、うん。じゃあまたっ、早ければ次回の配信……いまのところはイラスト制作の予定です、はいっ。ではまた、私と是非逢いましょう』
北ノ内 べいかがみんなを見つめたまま、ゲーム内のベーちゃんが部屋を夢中であたふたと走る最中、木陰で眠る北ノ内 べいかのイラストを挿入する。これは大あくびしていた待機イラストのすぐ後の出来事ということになっている。眠った横顔っていいよね。
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縦辺 〈またね〉
しぃ/バーチャル配信応援 〈また逢いに来ます!〉
狐っ子 〈はいっ、ベーちゃん!〉
みたらし団欒 〈楽しかったです〉
北の海 〈またね〉
北の海 〈おお、新規イラスト!〉
フラ太郎 〈はい〉
北ノ内 べいか/ベーちゃん 〈今日はありがとうございました。べいか牧場もベーちゃんの物語もこれからですっ、また視に来てください。楽しかったー〉
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私はマイクをミュートにしてチェアにもたれる。室内の熱なのか、ゲーム熱なのか分からない高揚感のせいで身体が落ち着かない。
「んぅーーー……ふぁ……うん、とっても面白かった。んーいつ頃萌芽するんだろ? あと赤髪の男の子や、同年代の子との絡みとかもどうなるんだろう、楽しみっ」
私は座り続けるのも寂しくて、左手にペットボトル、右手にエアコンのリモコンを持ち、冷房を付けながら喉を潤す。
そのまましばらく【牧場自給ヒストリー】の今後のことを、ゲーム内のベーちゃんのように部屋中を巡りつつ考える。ときおり画面の向こうで熟睡をしている北ノ内 べいかを密かに眺めながら。
【ノーゲーム・ノースローライフ】:配信終了
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