はじめまして配信⑩

 とろけた獣耳に、細波さざなみのように浮つく襟髪えりがみ。両眼を半開きにしたまま、うつらうつらと頭部が前傾する。モニター越しの視聴者目線だと眠たそうにしてるみたいに映るけど、実際は初配信が終わってしまう名残り惜しさに、私が北ノ内 べいかを温かい目で愛でているせいだ。


————————————————————


フラ太郎 〈べーちゃん? 眠たそうにしてる?〉

みたらし団欒 〈本当だっ〉

縦辺 〈起きろー、べーちゃん〉

縦辺 〈まだ配信は終わっていないぞー〉

Sawa 〈べーちゃん〉

みたらし団欒 〈べーちゃんめっちゃ浸透してる〉

みたらし団欒 〈もう少しだべーちゃん〉

オウダイ 〈大丈夫かな〉


————————————————————


 紹介がかなり遅れたしまったけど、みんなが北ノ内 べいかのことをべーちゃん呼びになってくれていて、なんだか胸が熱くなる。分かりやすいように後で、公式の愛称としてチャンネル名に書き入れておかないとだ。


『はーい、いやいやちゃんと起きてますよー。ほらほらこの通りパッチリ、宝石のような青い目が見えるでしょー——』


 北ノ内 べいかはうたた寝疑惑を払拭しようと、限界まで両眼を開き、瞬きの時間を意図的に遅延させ少なくする。

 碧眼の虹彩に被さる反射光まで無理くり見せるようになっていて微笑ましい。

 ただ私の方が乾燥してきて涙腺が緩んできたから、このくらいで許して欲しい。


『——……んーもう大丈夫ですかね? えーではそろそろ私、北ノ内 べいかの初めまして配信を……締めさせて貰おうかなと思います。えっとその前に……次回はゲーム配信を予定していて、何のゲームで遊ぶのかはこれまたシークレットで、週末の今日と同じ時間を、予定しているのでよろしくお願いします。後日SNSの方でも宣伝しますので……あっ、アカウントも概要欄に記載しています。そちらも是非よろしくと……私のチャンネル名を北ノ内 べいかと記した隣にスラッシュを置いてべーちゃん、という仕様に変更すると思うので、お間違いなく……おおっ、チャンネル登録二桁! 十一人! 今確認しました、ありがとうございます。まだまだ未熟者ですが、末永く応援して頂けますと幸いですっ』


 北ノ内 べいかは飛びっきりの笑顔を振り撒いて感謝を伝える。弾む抑揚が加勢して、かしこまった言葉遣いを幼くする。私たちらしいといえばそうかもしれない。


————————————————————


オウダイ 〈眼が疲れそう〉

縦辺 〈もうそんな時間か〉

みたらし団欒 〈あっという間だった〉

縦辺 〈週末同じ時間了解しました。シークレットゲームはクリケットと予想〉

みたらし団欒 〈予定日を拡散します〉

フラ太郎 〈おめでとう〉

フラ太郎 〈べーちゃん呼びも広まるので良いと思います〉

縦辺 〈ちなSNSもチャンネルも登録済み〉

オウダイ 〈おめ〉

Sawa 〈はいっ〉

みたらし団欒 〈はいっ、べーちゃん!〉

縦辺 〈お任せ〉

フラ太郎 〈よろしくお願いします〉


————————————————————


 どのの理由で潤んだか分からない瞳に優しい言葉が映る。私はすぐに応える。


『素敵なコメントをありがとうございます。最後になりますが、色々と拙いところが多々あった私の配信を最後までご視聴くださったこと、もう感謝しても、しきれません。これからも私、北ノ内 べいかの大好きが溢れる配信をみんなと一緒にお届け出来たら良いなと思っています——』


 北ノ内 べいかは会釈をしたのち、デフォルト設定よりも粗品程度に口角が上がる。

 両頬にホワイトブロンドヘアーがなぞり、コーラルピンクのチークが強調されたまま、私の慈しみの表情が反映される。


 西洋風の装いが可憐で、なついたことを表す獣耳の垂下すいかが純真だ。これからもっと、みんなを愛し愛される子になろうね。


『——みなさん、今日は本当にありがとうございました。とっても、楽しかったです。えっと……締めの決め台詞とか、他の【バーチャルベース】の有名配信者さんみたいに無いんですけど……改めましてご視聴ありがとうございました。私と是非、また逢いましょう』


 私は北ノ内 べいかを眺めながらキーボードを操作し、たちまち音が消え、画面がフェードアウトしていく演出を確認。その後に息を止め、ゆっくりと配信が終了する。


————————————————————


フラ太郎 〈お疲れ様でした〉

Sawa 〈また逢おうね〉

狐っ子 〈お疲れ、べーちゃん〉

みたらし団欒 〈また次の配信で〉

縦辺 〈逢います〉

オウダイ 〈また〉

北ノ内 べいか 〈みんなありがとう。とっても素敵な、はじめまして配信になりました!〉


————————————————————


 私は終了を確認した後にチャット欄を閉じて、一人きりになり油断から息を吐く。チェアにもたれ掛かり両手を伸ばす。凝り固まった関節がクラックのように鳴り響く。


「んー緊張したー。楽しかったな——」


 そのまま視線をモニターから私の部屋へと移ろう。右横を向けば真っ白シーツのベット上に枕と布団と梅柄のパジャマがあり、斜向はすむかいには漫画とPC入門書とバーチャル配信者に関する書籍を収納した本棚。


 淡緑色のカーテンは閉ざされ、デジタル時計は静かに刻む。子どもの頃に買って貰ったぬいぐるみたちが四隅よすみにあり、ろくに勉強しなかった勉強机の上には私と友達が一緒の写真がたくさん立て掛けてある。何も変わらない、私の部屋。


「——……そっか。初配信、終わっちゃったんだ……」


 気付けば、そう呟いていた。

 一人きりの静寂が一室を包み込む。

 さっきまでの感情の起伏が嘘みたい。

 北ノ内 べいかは、多分眠っている。


「友達といっぱい遊んだ後の、帰り道みたいだね……いや、逆にこれからかな? これからたくさんみんなと逢って遊ぶんだよね……ねっ、べーちゃんっ」


 私は北ノ内 べいかと自身に問い掛ける。再びモニターと相対し、マイクをそのお隣に避けると、無糖紅茶のペットボトルとご褒美に用意した小包み入りのスコーンをテーブルスペースに置いて、ティータイム。


「ん……うん。今日は特別、美味しいよ」


 私の大好きなアニメのブロンドヘアーの少女が、おつかいのお礼に紅茶とスコーンを食すシーンがある。その子は北ノ内 べいか作成の参考にしたキャラクターだから、それにあやかったご褒美。


 憧れた西洋の女の子と、生まれ育った私の故郷に生息するキタキツネ。私の好みを詰め込んだ北ノ内 べいか。生地に含有した甘味を噛みしめながら、今日の初配信を思い返しつつ、今後のことを想像すると自然と笑みがこぼれてしまう。


 小暑の涼しさの最中、至福を堪能する。

 同じ愛称の私たちは、再びみんなと逢う。


 

 【はじめまして配信】:配信終了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る