はじめまして配信⑨
最初と比較するとかなり緊張がほぐれてきたと思う。不慣れなのは相変わらずだけど、視聴してくれる穏やかなみんなと、モニターに映りホワイトブロンドの髪の毛が左側に流れ、微笑したまたコメントを黙読する北ノ内 べいかを介しているうちに、余計な愁いが取り除かれた感覚に近い。
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Sawa 〈配信を始めるキッカケなどあれば教えて欲しいです〉
縦辺 〈北海道に旅行する際のおすすめってありますかね?〉
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今日の初配信の振り返り、未熟ゆえの反省点や次回はこうしたらいいかもなどの私の問い掛けに、みんながレスポンスする。
そうしていつの間にか、私もとい北ノ内 べいかについて、みんなからの逆質問に答えるようになっていた。
『うーん……少し個人的な話になるんですけど、キッカケは私の同級生の友達から勧められたことですね。その……恥ずかしながら私、自堕落な生活を送ってまして。頭も良くないし、見た目も幼いし……このまま社会とやらに出ても巧く立ち回れないのが薄々分かっていてやるのも違う気がしたんです。
あと私が好きなことを偽りたくなくて、昔から金髪に染毛してたり、カラーコンタクトを付けたり、服装もなんか背伸びしたものばかり選んだりね……きっとこの私を認めてくれる場所は、限られてると思うんです——』
学校での学力成績は常に最下位争い。そのくせ髪を染め、眼の色を変え、きっと教師たちの間で不良少女というレッテルが私に貼られているはずだ。
群を抜いた歌唱力も画力もないし、得意なスポーツもない。私よりも眉目秀麗な友達が身近に居るから美人だとは思えないし、それに匹敵するモデルやアイドルになれるような愛嬌も持ち合わせていない。差し詰め私は、西洋かぶれの田舎少女でしかない。けれど、大切にしてるモノはある。
『——でも、裏切れないんだよね。子どもの頃の私が一度大事にすると決めたモノを、見ず知らずの他人に合わせて……捨てたくない。だから大人の一般論と、こんなわがままな私の側に居てくれる友達の勧めと、どっちを選ぶのかってなったら、悩む必要もなかった。積み重ねた信頼の大きさが違うからね——』
喫茶店のテーブル席で怠そうに、私はこれからどうしたら……みたいなことを冗談半分で嘆いていると、その子に動画を見せられて、この【バーチャルベース】の配信者なんてどうかなと。
理由としては、井の中の
そして私の最大の決め手は、大人になった今でも個人的な理由を述べてくれる人を、信じたくなったから。あとはどうせ何もしないくらいならやってやろうの精神だ。
『——そのあとは配信用のPCを弄り出した
そこまで言い掛けて、私は我に帰る。
ここはそもそも北ノ内 べいかとしての配信であること。そして質問は配信者になるキッカケを訊ねられた訳で、イラスト制作のアナログとデジタルの相違点で勝手に盛り上がるのは完全に蛇足だ。
『——……えー、配信のキッカケだけで良かったよね? なんで絵の話始めたんだろ? あとなんか私のこと話し過ぎた気がするし恥ずいなー……そうですね友達のおかげです。もう結構長い付き合いで、ふた……じゃない三人居るんですけど、そのうち二人は入園式の日からで……四歳くらいかな? もう一人は中学生の頃から。今でもたまに揃いますね、場所が決まってるので。そこで勧めて貰いました——』
三人共と初めて知り合った場面を、私は今でも思い返せる。
六つの手で作った小さなサークル、迷い子のように狼狽える姿。
誰にも伝わない感想だけど、絶対にその映像を忘れない。
『——はい、遅れてすみません。北海道旅行のおすすめですか……うーん、エリアが広いから私も全てを把握してないけど、自然や景色に触れたいとか、スノースポーツを満喫したいとか、美味しいご飯が食べたいとかで違うからねー。同じ北海道でも調べるとエリアで区別されてるから、一回で巡ろうとせず何回も訪れてくれたら私も嬉しいかなー。あっ冬なら防寒着は必須です。できれば着脱しやすいコートと、私も履かせてるけどスノーブーツがおすすめ。着脱っていうのは外と建物内の温度差があるので、基本部屋に入るとどこも暖房が効きまくりなのと、スノーブーツは積雪や滑落の対処のためです』
私の出身地がバレかねないから、具体的なエリアを言えないのがもどかしい。あと、たった二つの質問で長々と話し過ぎたかも。
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Sawa 〈ありがとうございます〉
Sawa 〈素敵なご友人ですね〉
縦辺 〈エリアかぁ、悩ましいですねー〉
縦辺 〈防寒着了解です〉
フラ太郎 〈あの、今更な質問になるけどいいですか?〉
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『はい。出身の私も北海道の全てを知らないですからね……んっ? 今更な質問……とは一体なんでしょう?』
なんだろう、何か見落としがあったかな。確かに何個か段取りが抜け落ちたり、逆に増やしたり、私の至らない部分は結構あるし、心当たりが多過ぎて絞れない。
ひとまずは静観して、コメントを待とう。
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フラ太郎 〈北ノ内 べいかさんの呼び方ってありますか?〉
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『えっ、あれ? ……あっ!』
私は思い掛けず手を叩く。そう言えばそうだ、なんで気が付かなかったんだろう。このコメントまでみんなが、誰も北ノ内 べいかの名前を記していないことに。
『ご指摘ありがとうございます。私の中ではもうお知らせしたつもりでいました、すみません。ちゃんとあるんだけど、どうしよう……んー次回配信から……いや、今からやりますか? やりましょうっ、聴いて下さい——』
わざとらしい咳払いを挟んで気持ちを整える。呼吸は深々と、声色は明朗に、北ノ内 べいかはとっておきの愛称を宣言する。
『——んんっ、【バーチャルベース】を中心に活動するバーチャルキャラクター、北ノ内 べいか。友達からは……べーちゃん、と呼ばれていますっ。みんなもそう呼んでくれると嬉しいです!』
べーちゃん。北ノ内 べいかへの親しみを込めた呼び名であり、私の愛称でもある。横浜 梅花の苗字の横浜から都市名として連想したものか、梅花が訛ったものか、偏食レベルのパン好きが高じてベイカーと呼ばれたものが短くなったのかは諸説ある。
けれど、どの理由であっても私はこの呼び方をとても気に入ってる。だからこそ北ノ内 べいかのこともそう呼んで欲しいと思った。
『……あっはいっ、べーちゃんですっ!』
いつまにかチャット欄がべーちゃんに包まれている。まるでべーちゃん祭りだ。あと遅くなったけど、これからよろしくね。
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