はじめまして配信⑧

 獣耳けもみみを張り上げ、両眼を見開き、ホワイトブロンドのヘアスタイルが乱れさせながら、北ノ内 べいかは無心で発狂する。

 念のため誤解のないように言うと、これはそういうモーションだ。


 バーチャルキャラクターと私をリンクさせていない、事前に用意したものになる。

 これがみんなへの表情大喜利のリクエスト台詞、最後のお題になる。私がその三選目を読み上げ、北ノ内 べいかが荒ぶる。

 随分とご乱心な中、大きく息を吸い込み、声帯を震動させながら勢いよく送り出す。


『——クッッッズやろおぉぉぉー!』


 隣家への配慮を刹那的に忘れる。こんな風に罵ってはいるけど、別段暴言を吐き捨てたい相手なんていない。強いて例えるなら、何故かやっほーと叫ぶのが定番のやまびこと同様の心持ちだろうか。


 なんであれ物騒極まりないこれは、チャットコメント欄から寄せられ、私が選んだリクエストだ。いや、正確にはなんでもいいから思い付きの罵倒を逆に頼まれ、こんなことになってしまった。


『……はぁ、しんどい……叫ぶのって無駄に疲れるよね……どうだったかな?』


 私は嚥下音がマイクに乗らないように一旦ミュートに切り替えて、紅茶の補給タイムを挟む。そしてすぐに解除。急に叫んだからかまだ喉がイガイガする。


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みたらし団欒 〈ありがとうごさいますぅ〉

金色愛好同行会名誉会員 〈叫び声も可愛いのよ〉

縦辺 〈普段は温厚だけど激怒させたらマズイ人のやつだ〉

オウダイ 〈あれ? 罵られたんだよね?〉


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 暴言を吐いたというのに、どうしてかコメント欄は平和そのものだ。一体何がそんなにいいんだろうか。


『……ありがとうございます? えー……反応に困るなー……こちらこそでいいのかな。叫び声が可愛い? そうなんですかね……多少はヒステリックな気がしますけどね。あーうんうん、いつもが優しい子が怒ってると何がとんでもないことが起きたんだって心配になる……それはどっちなんだろう? んー平穏なコメント欄についてなのか、あなた自身のことなのかで意味合いが百八十度変わるよ。周りのみんなを案じてるのか、罵倒されたのに痛みを感じてないのか……私個人としたら前者であって欲しいですね、はい』


 少し変わった考えもあるけど、北ノ内 べいかに柔らかい対応の人たちで助かる。

 参考にと他の【バーチャルベース】配信者の動画のコメント欄を見て好意的な人ばかりじゃないことを知り、最悪誹謗中傷も覚悟してたから、ポジティブに拍子抜けだよ。


『えー……とね——』


 私は配信開始以降。どれくらい経過したのか一瞥すると、もうすぐ六十分になりそうだ。体感とのズレに焦りつつも、お題も終わったことだしこのシークレットコーナー、表情大喜利の締めに入る。


『——以上で大喜利を終了したいと思います。これで最後なのはちょっとアレなんですがね……あっ、もしかすると一度も読まれなかったよって人がいるかもだけど、またいつか時間が空いて、私のPC技術が向上したときにお願いすると思います。

 えっと、このあとは配信内容を振り返りつつ少し話したいなって考えてるんですけど、予定時間を微妙に超えちゃうかもしれないのと、私の表情筋に疲労がないか調整する時間が欲しいので少し長めのミュートになるかもです。明日お忙しい方や気分が優れない方々は無理をなさらないで大丈夫です……辺境とも言える私の配信に辿り着いてくれたことだけで、とても励みになりましたから……何度でも言わせて下さい、ありがとうございます』


 そう言い残して一礼したのち、惜しみながらミュートにする。その後すぐにカメラとのリンクを試み、北ノ内 べいかと私の動作が共鳴するかどうかの確認。


 うん。微妙に処理が巧くいってないけど、顔は左右に動くし、髪の毛は揺れるし、瞬きにもちゃんと反応するし、許容範囲ではある。


「あー、北ノ内 べいか……よしっ、私の口元も反映されてるね」


 北ノ内 べいかのおちょぼ口が、私の母音に合わせてくれる。自分でやっておいてなんだけど、さきほどまで怒鳴っていた子だとは到底思えない。そもそもああいう怒り方はしないだろうから、イメージ的にどうしたものか。これは今後の課題だね。

 そんな展開を思案しながら、私はミュートを解除する前にチャット欄を覗く。


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フラ太郎 〈いえいえ〉

縦辺 〈時間は大丈夫です〉

みたらし団欒 〈最後まで付き合います〉

縦辺 〈表情筋って言い方新しいかも〉

金色愛好同行会名誉会員 〈了解と言いたいが、社畜生の朝は早いので。また来ます〉

オウダイ 〈皮肉にも時間に余裕はあるんだよな……〉


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「……ふふっ、幸せだね私たち」


 私はモニター越しに、子供の頃に頭の中で描いた理想の少女に伝える。

 北ノ内 べいかの初配信も終盤。【バーチャルベース】の基準ではあるけど、同時接続人数二桁、SNSの独自のハッシュタグまで使用して貰え、積極的にコメントをくれる人たちもいること。これは後発個人勢のバーチャル配信にしては、かなり恵まれた部類になる。


 過疎化も覚悟して始めた配信。

 幸先が良過ぎて、逆に怖いくらいだ。

 何にせよ、私独りではここまで出来なかった。関わってくれた全員に感謝だ。


 私はマウスを握り、空いた左手をキーボードへと向き構える。両眼を見開いて微笑む北ノ内 べいかのサイズを拡大させながら、ちゃんと表情が反映されてると判断してミュートを解く。


『はい、皆さん大変お待たせしました。この通りニッコリ笑顔、問題ありませんでした。あっ最後までお付き合い頂きありがとうごさいます。ここでお休みの方もお疲れ様です、アーカイブも残す予定なので……あーこれを先に言えばよかったねー、失敗したー……』


 北ノ内 べいかは項垂れるように、首を振り悶える。余談だけど私は、その状態で自身の髪の毛を揉み込んでしまっている。そんな後悔から、私たちの初配信は締めへと直進して行く。

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