はじめまして配信⑥

 北ノ内 べいかはその後、何度も首を振ったり、錦鯉ニシキゴイがエサを求め食べるときのように小さなお口を開け閉めしたり、眉毛が鋭利になって勇ましい面構えになったりしている。これは私のルックスを反映したものじゃ無くて、そのリンクを解き、設定していた挙動をキーボードで操作したものだ。


 なんでこんなことをしたのかというと、みんなに北ノ内 べいかをゆっくり眺めて貰いたかったことが、まず理由の一つ。

 そして可能なら、私たちとみんなが一緒に何かをする時間を作りたかったからだ。


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みたらし団欒 〈遊びのお誘いだ〉

縦辺 〈なんだなんだ?〉

フラ太郎 〈プロフィールのシークレットに関連があるんですかね?〉

オウダイ 〈おー〉

Sawa 〈はい!〉


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 北ノ内 べいかのお遊びの誘いの反応は良さげなのかな。期待はしてもらってはいるみたいだ、少し安心。

 そろそろかなと私は、プロフィールに伏せていたシークレットの内容を明かす。


『ふふっ、ありがとうございます。では、これから始めさせて頂くのは! 私、北ノ内 べいかが幾つかの表情を披露していきます。それに合う台詞をみなさんに今っ、募集を掛けます。私が気に入った言葉、面白い言葉、ドキドキする言葉など、【バーチャルベース】の配信規則内のものならオーケーです。要するに大喜利ですね——』


 北ノ内 べいかの素顔を、レクリエーションを通じてみんなにもっと知って欲しい。

 例えるなら入学してすぐに催される校外学習みたいに。


『——私はバラエティっ子でもあるのですよ実は。えーと……どう、ですかね?』


 けれどみんなの意見が優先だ。もしかしたら肩透かしな提案だったかなと、私は細めで恐る恐るコメント欄を見る。


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みたらし団欒 〈おお、いきなり責任重大〉

フラ太郎 〈こちらの考えた台詞を吹き込んで貰えるということでしょうか?〉

金色愛好同行会名誉会員 〈えっ!? ぎゃ、逆に良いんですか!? (感涙)〉

縦辺 〈いいですよー、任せてください〉

オウダイ 〈センテンスセンスの見せ所だな、腕がなる〉

みたらし団欒 〈座布団貰えるかな〉


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 これは好感触と受け取っていいんだろうか。質問に答えつつ、再度訊ねてみる。


『はい、私の言葉になりますね……うーん、始めても良い、かな? みんな』


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フラ太郎〈はい〉

縦辺〈はーい〉

みたらし団欒〈はい〉

Sawa 〈楽しみです〉


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 私はその返事を受け取り、いつにも増し嬉々として、配置したキーボードの左上を押す。すると北ノ内 べいかが両眼を閉じ、獣耳が縮こまり、しゃっこい小さな雪塊をむりやり背中に捻じ込まれたときのように震える。


 冬季の積雪は日常茶飯事な私の地元では、みんな一度は子供の頃に経験してると思う。やる側もやられる側もだ。


『では。賛同の意見が多く寄せられたので早速、この表情で一言お願いします。あっリピートした方がイメージ湧きやすいかな?』


 北ノ内 べいかは何回も突発的な寒さに震えている。ちょっと申し訳ない気持ちにはなるけど、眺めている分には可愛らしい。


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Sawa 〈耳が垂れて震えるのかわいい!〉

縦辺 〈やばっ、寒いしか浮かない〉

フラ太郎 〈これは時間欲しいね、色々考えをまとめたい〉

金色愛好同行会名誉会員 〈激しく同意!〉

オウダイ 〈確かに〉


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 どうやら回答時間が必要みたいだね。でも、それだけみんなが真剣に、北ノ内 べいかのことを想っているような気がして嬉しい。私はみんなのシンキングタイム中に、穴埋めとしてモーションのお気に入り箇所を力説していく。


『獣耳、良いよね。本来のキツネはここまで垂れないんですけど、この子は特別、私は人でもあるからね。とろーんとするよ。あと両眼が閉じてもお茶目な雰囲気も良くて、それからよくよく見ると分かるんですけど、私はブロンドの後髪がハーフアップになっていて、このモーションだとその括られた髪の毛がちょっと視認出来るんですよ。待ってください、えー……あっここ! 遠心力が働いてひょっこり覗くんです。私のお気に入りポイントですね』


 その後も私は色白の素肌には桃色のチークが似合うけど他にも試してみたいとか、金色の髪の毛が好きで、今はホワイトブロンドだけど将来的には別のブロンドで違った髪型にもなりたいことを告げ、服装の冬バージョンもいずれ重ね着る予定だと言ったり、北ノ内 べいかのあれこれを語り尽くす。


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フラ太郎 〈自分は準備出来ました〉

フラ太郎 〈愛情が伝わってくる、良いお話ですね〉

オウダイ 〈そんなに喋って大丈夫なのかってくらい話してたな〉


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『あっ……えっとそうですね。待っている間を持たそうと必死過ぎたかも、はは……』


 そのコメントのおかげで私は自制する。

 伝えようとまくし立てると、逆に伝わらない。頭では分かっていたのに、配信だと上手く振る舞おうと空回る。

 そんな自戒のタイミングを見計らったかのように、みんなからのリクエスト台詞が続々と寄せられ、私は全てに目を通す。


『ほおほお……あははっ、それどういうことなの……んー恋愛漫画みたいな台詞だ』


 私としては冬の場面を想起したモーションのつもりだったけど、人の数だけ価値観が異なるというか、文字を追うだけで楽しい。あからさまな好感がバレないようにしつつ反応を示す。正直、無茶振りでしかなかったんだけど、とてもユニークなコメントがいっぱい。ただ時間配分の都合で、これらを厳選する必要があるのが申し訳ない。少しだけミュートして、私の方の思考をまとめないと。


「正統な台詞に、ネタ枠の台詞に、ロマンティックな台詞もある。んーどうしよう」


 私はペットボトルを取り、紅茶で喉を潤し、母音の発声をして整える。さてさて、北ノ内 べいかに何を喋って貰おうかな?

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