はじめまして配信②

 私がまだ小学生の頃。深夜に目が醒め、お茶を飲むついでにけたテレビで、偶然放映されていた古い画質のアニメ。題名もストーリーの流れも全く分からなかったけど、私は一人の西洋少女に魅了された。


 きらびやかな碧眼へきがん、たゆたうブロンドロング。色白の素肌に、どこで付着したのか墨汚すみよごれのようなものがあることを知らずに、郊外へと駆けて行く。


 蒼白色のドレスを着て、装飾品にはありとあらゆる宝石がはめられ、良家の子女を窺わせる外見なのに、とても活発な女の子。


 やがてその子は迷子になる。危ないから立ち入っちゃダメだと忠告された雑木林に。

 女の子は溢れそうな涙を堪えて、闇雲に歩き回る。けど、どこもかしこも立木ばかりで、ついにはお腹を空かせて座り込んでしまう。


 脚が震えて、お腹が鳴り、女の子は恥ずかしさで身体を丸くする。お父さんとお母さんや、同じ年頃の子たちを想う。

 家に帰ったら一緒に食べようと約束していたスコーンが、堪らなく恋しくなる。


 そうして段々と眠くなってしまうと、突然後ろから物音がする。女の子はやられる前にやろうと、余る力を振り絞り掴みかかる。


 それは赤茶髪のおとなしめの男の子。その女の子のたまに遊んでいた、同い年の子だ。まあ勢い余って投げ飛ばしちゃうんだけど。


 だけど最後。相手が誰か判明して女の子が赤面すると、赤茶髪の男の子は困惑しながらも不意にブロンドヘアーを撫でて、頬の汚れを指摘しながら大丈夫だよと頷き、エンディング曲が流れる。


 金髪の女の子と赤茶髪の男の子が手を繋いで来た道を戻り、一緒に謝り、お腹を満たす。そして両親が余らせていたスコーンに、はしたなくもかぶりつく。またほっぺたを汚したまま、満面の笑みを魅せる。


 当時の私には無いものばかりだった。だからこそこの女の子に強く惹き付けられたんだと思う。


『——……えーそうですね、何から説明をしたら良いものか——』


 北ノ内 べいかが何度も首を振り、頬を伝う金色の横髪も揺れる。否定したいことがある訳じゃなくて、純粋に私の戸惑う姿が反映されてしまっただけだ。


 動画投稿サイト【バーチャルベース】。初配信ライブの日を迎え、自己紹介に名前とバーチャルキャラクターを披露したまでは良かったものの、チャット欄の更新がない。


 同時接続人数は正常に表示されているようで、八……いや七人になる。

 一応こうなる場合も想定済みで、協力してくれる同級生が仕込みを入れる手筈てはずだけど、未だ何にも流れてはこない。


 SNSにもなにも反応は無さそうだ。だからとにかく、私から発信していくしかないんだけど、なかなか気の利いた言葉が見当たらないでいる。


『——えー……北ノ内が苗字で、べいかが名前となってます、はい』


 聴かれてもないのに、焦って二回目の自己紹介をしてしまった。絶対これじゃない。

 藁にもすがる思いで一人、背景画が間に合わず引っ越し途中の設定の部屋に佇む北ノ内 べいかにたずねようとする。


『……あれ?』


 しかしその北ノ内 べいかが明後日の方を向き、開いた口が塞がらなくなっている。視聴者さんからは一番星でも眺めるような格好だけど、実際には私とのリンクが巧くいっていない。

 この程度ならすぐに直せる。だけど、心の不安が更に増幅していくのを感じる。


『ちょっと待って下さい……』


 私は音声をミュートにしてカメラを調整しながら、言葉を探す。同時にこれがコネクションのほとんど無い、個人勢の現実だと突き付けられた気分だ。


「悔しいな……こんなに綺麗な子なのに」


 自画自賛の贔屓ひいきかもしれないけど、この北ノ内 べいかは、群雄割拠ぐんゆうかっきょのバーチャル配信界隈でも引けを取らない可愛さがあると思う。


 アニメを通じて知った西洋少女の魅力。私の出身地でたまに見かける愛らしくワンッ、と鳴くキタキツネの片鱗。


 一縷の鮮烈な輝きを放つブロンドヘアー。

 王妃に贈られるサファイアのような瞳。

 なんでも聞き届けられそうな、幼い獣耳。


 小顔の白肌にちょっとだけおめかしを施し、比率の良く美しいスタイルに、インディゴのワンピースが身体に添う。好奇心が旺盛で、活発で、哀しんで、怒って、驚いて、とっておきの笑顔まである。


 とにかく私の大好きな要素を詰めに詰め込んだ女の子、それが北ノ内 べいかだ。


 この子のことを言い出したら、もう止まれない勢いで喋ってしまう。でもあまりに熱弁が過ぎると、逆に相手が冷めてしまうものから、少し自重しないと伝わってくれない……けれど相手がいないんじゃ、そんな考慮すら誰にも届かない。


「入力も出来て、カメラ調節も完了っと。よしっ、これで……どうかな?」


 遠くを見つめていた北ノ内 べいかが、私を真顔で眺めている。その後に時間差で瞬きをして、口が開閉を繰り返す。私の動きともちゃんとリンクする。


「うん。戻ろっか、一緒に」


 そう言って私はミュートを解除し、マイクを介し配信に声を乗せる。すると性質は相変わらずのまま、北ノ内 べいかの声になる。


『お待たせしました。この時間帯の星々に見惚れ、ずっと上の空でした。ごめ——』


 そこで、とある流れに気が付く。

 私はモニターの一部に注視して絶句する。

 きっと北ノ内 べいかも硬直中だろう。


 同時接続人数、十一人。二桁に到達している。これを誤差だと言う人もいるかも知れないけど、私たちにとって想定外の大声援だ。

 そしてその画面には——。


 ————————————————————


フラ太郎 〈初めまして、こんにちは〉

縦辺 〈よろしくー〉

みたらし団欒 〈よろー〉

Sawa 〈かわいい〉

金色愛好同行会名誉会員 〈SNSで見て気になって来ました〉

オウダイ 〈オープニングからすげえな〉

 

————————————————————


『——うそ……』


 ——北ノ内 べいかに向けた温かいチャットコメントが、こんなにも並んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る