バーチャルベース・ハートフェルト・ノースフォックス
SHOW。
はじめまして配信
デスクトップPCのモニターの向こうに、私にとって理想的な獣耳金髪少女がデフォルト設定の微笑みと共に
「はい。ニッコリ、ルンルンっと」
襟付きのネイビーワンピースに同色のウエストベルト、スノーホワイトのボレロを羽織り、胸元にリボンを作る。
なによりこの金髪。正確にはホワイトブロンドのミディアムハーフアップ。丸みを帯びた三角形の両耳もいじらしく動いていて可愛い。西洋風の装いともマッチしてる。
今日はこの子を世界中に広める第一歩。動画投稿サイト【バーチャルベース】のチャンネルを開設して初めての配信。まあ試運転を含めたら三回目くらいだけど、あれは協力してくれた友達限定の配信だからノーカウント。
両目が閉じて左右に揺れる。動作も正常。
うん、最終確認も問題無し。
「準備完了……ふふっ、やっとお披露目出来るね、よしよし」
この子の頭を撫でる。直接触れられないのが少し寂しい。
予定時刻が差し迫る。私はマウスとキーボードをあくせく働かせ、この為に製作して貰ったオープニングムービーをセットする。
そして同接待機人数とSNSの宣伝反響をそれぞれ流し見つつ、ライブ配信の近くにカーソルを持って行き一息着く。
「あとは……カメラで私を反映させないといけないから、マイクの位置はここ。マウスはここに……あっ、お飲み物用意しないと」
配信は大体一時間を予定している。もちろん延びるかも知れないし、トラブルなどで打ち切るかも知れないからアバウトではある。
「待機も拡散も一桁台か……個人だとなかなか難しぃね、やっぱり。でも頑張ろ」
都内に構える大手企業が絡んだチャンネルだと、余裕で四桁は簡単に集めてしまう。場合によっては五桁までいくものもあり、SNSの急上昇ワードやハッシュタグランキングなどを
これから始めようとする
親対娘で散々言い争った末、インターネットに精通する機会自体は時代に適して良いと半分認めてくれた。土下座も
そもそも大人なんだからバイトや就職をすれば済む話だと思われるけど、その分貯めるまでの手間と期間が掛かるし、活動時間も取られるし、それに……私は少し気に食わない。どこも黒髪に直せと言い、カラーコンタクトを外せと言ってきかないからだ。
どんなに格式のある場所だとしても、私の好きなことを一目見ただけで否定されるのは嫌だ。
それで作業効率が上がる訳でも無いし、可愛くなる訳でも無く、デスクワークなら不快になる人もほとんどいないはずなのに、根拠も無しに決まりだからと返される。
どうやら誰かが敷いたレールに従っていれば、社会人として自立は出来るらしい。
他人からしたらブロンドヘアも、青玉のような瞳も、おしゃれな洋服も、若気の至りのようにしか感じられないんだと思う。それは仕方ない、でも私にとっては幼少期から恋焦がれた姿。この気持ちを忘れたくないし、納得も出来ず簡単に譲りたくもない。
そんな現状に駄々を捏ねて言い並べていた私に、こんな方法があるよと、協力もするよと、言ってくれた人が居る。
「……やっと、叶いそうだよ」
冷蔵庫にある、午後の時間帯にぴったりな無糖紅茶のペットボトルと大好きなパンを一つ、今日はスコーンの入った小包を掴ながら、想い馳せながらしみじみと呟く。
私は再びPCデスクの前にあるチェアに座り、一口紅茶を含んで真横に置き、エゴサーチ用のスマホを手に取りチェックする。
「……あと
電源をつけて真っ先に飛び込む時刻に怯みながらも、同時にメッセージアプリの通知も届いており、私は名前を見てすぐにタップ。
その内容が表示される。
〈時間がちょうど空いたから観れるよ。ようやくだね、ベーちゃん〉
「ふふっ〈ありがとう、ウネウネ〉っと」
配信に協力してくれた一人であり、昔からの友達の簡潔な一文。ちなみにウネウネというのは愛称だ。本人はあんまり好んでいないみたいだけど、そう呼び続けてる。
実家の仕事との兼ね合いで同時視聴は難しいかもと聴いていたから素直に嬉しいし、何よりとても心強い。
あとメッセージアプリを介しても、いつもの会話と変わらなくて落ち着く。
「さてと……フラっとやりますかっ」
手首を回して、指関節をほぐす。
噛み殺した欠伸の代わりに、寝不足で重たい
配信予定の画面を別枠から眺める。
既に、私を待っていると表示されている。
「おっと、急がないと——」
マウスを握り、ライブ配信を幕開ける決起のキーに人差し指を添える。こんなに指先がいうことを聞いてくれない日は、もう二度と無いと思う。
「——……いいかな? いい、よね? ライブ配信……えいっ」
初めての感覚でへんちょこりんなテンションになったけど、無事に配信が始められる。その証拠に、友達と一緒に製作したアニメーションのオープニングムービーが流れ、岬にある新緑豊かな陸地に立ち尽くし、背中で語るように夕焼けの海峡を眺める。
そうしてアップテンポのエレクトロミュージックを合図に映像がズームインする。
積雪を
白ハイソックスをガーターベルトで止め、絶対領域が覗かせる。スカートの
どの角度からも見にくいチョーカーネックレスを少し覆うホワイトブロンドヘアー。ハーフアップと獣耳が同時に映されると一時停止して、最後にその子が何かに勘付いたと振り返ると、ホワイトアウトの演出で締める。
「……っ」
私は無言の決心で頷く。マイクに震える唇を近づけ、第一声の好機を待つ。
このときを、ずっと考えてた。子どもの頃からの理想を描こうとしたバーチャル金髪美少女との運命を今、共にする。
ホワイトアウトが解かれて行く。すると真っ白の壁と木製の床とダンボールが幾つも積まれた部屋の背景画が映し出され、私が描いたキタキツネをモチーフにした金髪の女の子が、粉雪を薙ぎ払いお披露目される。
『——……はじめまして。えっと……わ、私の名前は
私、
私たちは、北国育ちの普通の子どもでしかなかった少女の、夢物語を叶え逢う。
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