はじめまして配信③
動画投稿サイト【バーチャルベース】は世界で約十億人のユーザーが利用し、国内だけに限っても五千万人はいるらしい。
私のようにバーチャルキャラクターを作成して配信する人もいれば、各々の特色を活かした専門的な配信や家族や動物の日常風景の配信など多種多様。
【バーチャルベース】の由来は、元々仮想という意味合いではなく、インターネットでの交友を深める下地になるように、確かそんな理由だった気がする。
だからこのバーチャルキャラクター配信全盛の時代に偶然にもマッチした命名で、その恩恵もあり、今一位を争う勢いのあるプラットフォームとなっている。
そうして動画配信者の頭数が増えれば、相対的に視聴者数も増える。配信される動画にチャットやコメントを投稿することにも熱心になる。
それは私のような無名の道民でも、北ノ内 べいかという今日デビューしたばかりの個人勢バーチャルキャラクターのチャンネルにも、こうして居てくれるみたいだ。
『あっ、えっなんで? おーすごいっ! コメントが沢山来てる!』
私はコメント欄をスクロールして、一つ一つ読んで行く。〈初めまして、こんにちは〉という一文から始まり、〈キャラクター固まってる〉、〈カメラ直した方がいいかも〉、〈待っててりょーかい〉、〈おかえりー〉と、今までの一連の出来事が記され、最後に〈コメントに気付いてない感じかな〉と、図星を突かれて微笑む。
おそらくはラグかなにかでコメントが反映がなされていなくて、北ノ内 べいかとのリンク調整の間に改善されたようだ。
『——えーコメント把握しました。全く気付いてませんでした。なんかチャットが私の画面に何にも表示されていませんで……はい』
北ノ内 べいかは頭を下げる。初めてとはいえ配信トラブルが多いことへの謝罪と、私に気付いてくれてありがとう、この二つの意味を含めて。
すると。正常に機能し始めたコメント欄に、新たに幾つか送られて来ている。
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みたらし団欒 〈大丈夫?〉
縦辺 〈いまも見えてるー?〉
フラ太郎 〈報告ありがとうございます〉
オウダイ 〈やっぱり〉
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『はい、大丈夫です。見えてますよー。いえいえ、私の方こそありがとうございます。うーん……素晴らしい推理ですね』
目に見えるコメントから返していく。今のところ、少なくとも六人のユーザーが私たちとお喋りをしてくれる。
同時接続人数も一人増えて十二人。SNSにも私が投稿したもの以外の専用ハッシュタグ付き投稿がある。心音が騒がしくなる。
『それでは改めまして北ノ内 べいかです。本日は数々の人気バーチャル配信者、動画投稿者、ゴールデンタイムのテレビ、学校に仕事に家事に育児などお忙しい中から、私のデビュー配信を開いてくださりありがとうございます。とっても、嬉しいです』
ありのままの気持ちをみんなに話す。両眼をぱちくりさせて和やかにしている北ノ内 べいかの口角が上がる。うん、私の所作がしっかり反映されている。
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オウダイ 〈声震えてる?〉
みたらし団欒 〈良かったー〉
金色愛好同行会名誉会員 〈我社畜なり〉
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『ああ……私の声質か緊張かどうなんだろう、どっちもありえると思います。はい、私も一安心です。えっと、お仕事帰りですかね? 今日も一日お疲れ様です』
こんな風にコメントへのレスポンスが出来るのも、見てくれる人がいるからだ。さっきまでの焦りが嘘みたいだ。
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金色愛好同行会名誉会員 〈うぅ、金髪の女の子しか勝たん〉
フラ太郎 〈そういえばSNSにプロフィール説明ってあったような〉
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『確かに……あ』
そのコメントを見て私は気付かされる。そういえば北ノ内 べいかについてなんにも話していなかったことに。
「……」
配信に乗らないように唇を結ぶ。誰にも悟られない喝を自分自身に叩き込む。
俯いた拍子にホワイトブロンドがまなじりと被り、絹糸のように滑らかな一線が、彼女の美麗な素顔を神秘的にする。
『皆さまとお話しが出来てとっても嬉しいです。それではここで、まだ私のことを存じない、誰だ誰だーって感じだと思いますので、簡単なプロフィールというか今後の目標や野望などを明かしていくコーナーに移ります。記念すべき初めてのコーナーです。準備が有りますので少々お待ち下さい。この後も是非、聴いて観て頂けたら幸いです』
豊かな表情と一緒に、左右に揺れる。やっぱりかわいいなと美貌に見惚れつつ休息を挟む。その前に音声をミュートしないと。
「ふぅー……」
自然と息が漏れる。
視聴者さんには有耶無耶にしたけど、今までの人生で味わったことの無い緊張で、喉がすぐに枯れ、思考がパンクしそうになってた。
コーナーへ移るのも少し強引だった気がするし、めちゃくちゃ早口で捲し立てた自覚もある。そもそもSNSでの投稿内容を指摘してくれなかったら、ずっと混乱したまま返事を続けてしまっていたと思う。そんなの誠意に欠ける行為だし、なにより相手に悪い。
チェアの真横に置いていた無糖紅茶のペットボトルを手にして飲み落ち着かせる。
ゆとりもちゃんと持ち合わせながら、心を込めて応えないと。
「よしっ。頑張るよ、最後まで」
両方のほっぺたに平手を当てる。こんなことで慣れない疲労は吹き飛んでくれないけど、頭の回転がちょっとだけクリアになった、かも知れない。
『……っ』
北ノ内 べいかが帰りを待つ。ただ黙しているだけでも、この子はかわいすぎる。
「ふふっ、今戻るよ」
私は準備を済ませてから音声のミュートを解除する。さて、これからが本番だね。
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