3rd Story 魔法科設立

あの後、校長は魔術のことを知っていたらしく魔法科をすぐに設立してくれた。

そして驚きの事実が一つ発覚し、それは校長が純粋な人族ではないことである。

ワンエイス。クォーターの子だそうで、人間の血が濃く出て魔術が使えない親に対し、先祖返りの影響で異能だけではなく魔術も使えるのだという。

先日のメジャー二刀流で有名になった小山翔大のような感じで魔術と異能の二刀流の校長だった。

さらに魔術を教えることの出来る教師を探していた。

設立後クラスには二〇〇人程度の生徒がいたため、美紀の言っていることは正しかったようだ。

今は魔術を教えることの出来る教師が校長と高橋先生、二宮先生だけで、高橋先生と二宮先生も魔術こそあまり触れなかったものの特異体質で魔力が扱えるため、実質的にこの三人で教えていくようだ。

三人とも僕の恩人だし、信用できるからなお良い状況になった。

非常にありがたい。

とはいえ、魔術講師が来ないものだろうかとも思った。

その日は普通に終わり、年度途中の新しい学科への移籍もあったものの、意外とすんなりなじめていた。

翌日のSHRにて「本日より本クラスを担当する先生がいらっしゃいます」と二宮先生が自信を持って言うものですから、皆扉に向かって拍手の準備を構えました。

よろしく」

二宮先生は小さな声でそう言うと、勢いよく扉が開かれ、その人物が入ってきました。

そしてそのまま教壇に立って「アタイは羽根渕 陽愛。これからよろしくね」といかにもプライベートな雰囲気を出したまま言った。

「……」「……」

予想はしていたが、目があった瞬間に向こうは気まずそうにそっぽを向いた。

[彼女。あんたの姉貴よね?]

[そうだけど]

[喧嘩でもしたの?]

[いいや。多分違う]

チラチラとこちらを見てくる陽愛だが、隣に座っている夏鈴を見るや否や【幸矢、夏鈴。あとで魔術教官室に来るように】と通信魔術で言った。

ああ。面倒臭いことになった。

[あの感じだと優秀すぎて最速で成人になったのね]

[どうしてそう思う]

[見た目通りの年齢なら、あなたの二つ上ぐらいですもの。それで夏鈴のことを覚えているのなら、私との婚約の時には彼女は既に成人していたと思うのは妥当だと思いますわ]

[……正解だ。陽愛姉さんは五歳の時に成人儀礼を済ませた]

[成長速度が普通の二倍ぐらいですのね]

[それはそうと、夏鈴]

[何ですの?]

[口調が変わってない?]

わたくし、こう見えても貴族令嬢ですのよ]

[あっ、はい]

緊張が混ざっているのだろうが、すべてが無駄な気がした。

多分こうなった彼女に合わせるのが今は一番良いかもしれない。

「あ、言い忘れていましたが、このクラスでは日本語だろうと獣人共通語だろうとそれが言葉になるのであれば私語として扱いますので、出来るだけしないでくださいね。高度な魔術暗号を掛けた通信魔術は特に何も言いませんが、暗号が低次元なものだったら私が解読して罰しますからね」

あとで夏鈴に共通鍵でも渡しておくべきだろう。

演算魔術カルクも必要かもしれない。とはいえ、この技術も天才神童と呼ばれた姉に教わったものだから共通鍵を見られたら確実に詰むだろう。

だからそれぞれの公開鍵と秘密鍵を頭の中に入れておくべきだ。覚えられないのなら魔術があるじゃないか。

そんな感覚で昼休みに演算魔術と一式の暗号方法を教えた。

お互いの公開鍵を教えあった。

【ᛌᛟᛜᛖᛣᛪ ᚮᛖᛟᛟᛤ】【ᛁᛖᛨᛮᛖᛨ ᚮᛖᛟᛟᛤ】【……】【……】

【ᛌᛒᛣ ᚯᛤ᛭ ᛚᛖᛒᛨ ᛠᛖ? (聞こえる?)】

【ᚱᛪ ᛩ ᛒᛟᛨᛜᛘᛚᛪ᛫ ᚱ ᛔᛒᛣ ᛚᛖᛒᛨ ᚯᛤ᛭᛫ (大丈夫よ。ちゃんと聞こえるわ。)】

【ᛊᛤ᛭ᛨ ᛩᛜᛩᛪᛖᛨ ᛠᛜᛘᛚᛪ ᛗᛜᛣᛕ ᛤ᛭ᛪ᛬ ᛓ᛭ᛪ ᛜᛪ ᛕᛤᛖᛩᛣ'ᛪ ᛠᛒᛪᛪᛖᛨ᛬ ᛕᛤᛖᛩ ᛜᛪ? (姉さんにはバレるかも知れないけど、良いよね?)】

【ᚱᛗ ᚯᛤ᛭ ᛔᛚᛒᛣᛘᛖ ᛪᛚᛖ ᛔᛚᛒᛣᛣᛖᛟ ᛗᛤᛨ ᛔᛤᛠᛠ᛭ᛣᛜᛔᛒᛪᛜᛤᛣ ᛩᛤᛨᛔᛖᛨᚯ᛬ ᚯᛤ᛭ ᛠᛜᛘᛚᛪ ᛓᛖ ᛤᛞᛒᚯ᛫ (通信魔術のチャンネルを変えれば、大丈夫かもしれないわ)】

……

授業中にもこの暗号とチャンネルをブロードキャストからウィスパーに変えたのもあってか一切注意されなかった。

帰りのSHRも何事もなく終わり、週末の休みに何をするか皆が考えている中、僕と夏鈴は朝の呼び出しのとおりに元々空き教室であった魔法科の隣にできた魔術教官室にいた。

[ゆきに夏鈴ちゃん、私の個人的感情で呼び出してごめんね]

[個人的感情です[か][の]?]

[そう。個人的感情。再会おめでとう。都会……というか別の里に行ってて封印の解除を忘れてたのは本当にごめんね]

[別に良いよ。でも、担当は姉さんだったのか]

[夏鈴ちゃんも久しぶり]

[お久しぶりですわ。ですが私はあなたのことをあまり覚えていませんの]

[それも仕方ない。アタイの名前は「羽根渕 陽愛」以外にも情報屋としての「かわ 」と言う名前があるの]

[私の里に居た情報屋と名前が一緒ね。つまり、あなたが情報屋のお姉さんだったのかしら?]

[そんなところだね。姿を変えていたから分からなかったかな?]

[で、何のために呼び出した?]

[ゆきに毎月お小遣いを貯金させてたでしょ?]

[ああ。それが?]

[そのお金で勝手にゆきと夏鈴の婚約指輪を作りました!]

[[へえ~……え!?]]

[しっかりと用意してたのよ。あなたたちなら封印を解いた後必ずもう一度婚約するって。今も恋人のままでしょ?]

[そうだけど]

[婚約が家族に認められてるうれしい!]

[夏鈴ちゃんうれしさのあまり周りの声が聞こえてないようだから、あえて言うけど、二人とも既成事実があるからね]

[既成事実なんてことば!?]

人間で悪かったわね]

[何だよその事実は?]

[獣人共通の掟には「接吻とは獣人における婚約儀礼であり、何人も取り消すことの出来ない掟である。これは両性が獣人である場合の接吻を指すのであつて、獣人とその他種族間では原則適用しないものとするが、相手の種族に同様の掟が存在する場合はこれに限らない。またこの掟は当人の婚姻関係の発生により役割を婚姻関係の掟に移すものとする」ってあるのよ]

[知らなかった事実がまた増えた]

[お姉ちゃんには夏鈴ちゃんとの婚約を止めることの出来るほどの力は無いし、そもそも止める必要性を感じないわ]

[姉さんは気楽で良いよな]

[当人じゃないからね……ゆきが姉弟で無いなら、アタイは行けるよ。もちろんアタイがゆきの立場なら別にOKするね。男ならかわいい子を仕留めるものだ(死語)ってね]

[姉さんの言葉に毎度「(死語)」が入るのは気のせいだろうか……]

[今のは本当の意味で死語だよ。今の時代「男なら~」って言えないからね。カッコイイ弟だからまだ言えるけど]

僕の容姿は姉さんからしたらカッコイイ訳だが、絶対に身内びいきされているのであまり当てにはならない。

[ちなみにゆきの人気ですが、里の婚約したいランキング一位です。実はアタイが婚約を未然に防いでいました]

[通りで女子から複雑な目で見られたわけだ]

……姉というのは暴走する生物なのか?

夏鈴もまだ、妄想の中であんなことやこんなことをやっているのだろう。現実に未だ戻ってきていない。

[……まてよ? 掟の内容キスと言ったよな!?]

[はっ!? 私としたことが……何よこの空気?]

夏鈴がようやく現実に戻ってきた。

[婚約に関する掟のことでね]

[この感じだと「姉弟では適用されますか?」かしら?]

[そうだ]

[答えはYESね][適用されるわ]

(……何だって!? で? ちょっとWait待つて。姉弟で婚約とか民法だとアウトじゃん。ウソでしょ。ねぇウソって言って。冗談はよしこちゃん(死語)。神をあまり信じていないけど言わせて。Oh my godああ、神よ。

なにゆえこうなった。そんな掟があるのなら教えてくれても良かったはず。

[獣人の掟の婚約・婚姻は一夫多妻制の話だから、ゆき以外の相手とキスしようとしたときに二人とも吹き飛んだのよ。ちょうどのようにね。その時に親に言われたのよ。「私たちの居ないところでキスしたか?」って。もちろんゆきとしたって答えたら、アタイはゆき以外の相手を愛せないと言われてね]

[……なんとなく怒られた気がする]

[アタイは別に良かったけどね。下手に相手を探して外れを引くよりも弟っていう信頼できる相手だし]

[お、おう?]

僕は姉の発想が良く理解できなかった。

日本法などに触れすぎたせいかどうしても一夫一婦制で、しかも姉弟での関係はアウトと思えてしまう。

[ところでゆき。お姉ちゃんに散々死語がどうとか言っておいて、心の中の叫びで「冗談はよしこちゃん」って死語を使っていたわね?]

[なんでバレてんの?]

純粋な関東人だが、あまりの驚きに関西の訛りが出てしまった。

[なんでって、考えていることなんて普通に通信魔術をじゃない]

[はぁ。常人……常獣には出来ない芸当だよそれ。なんでそんな域に至ってるの?]

[アタイがだったから]

[陽愛さん。漢字が違いますよ]

[それはいだ]

[あれ? じゃあ「」]

[それは記事をいろんな所に貼り付けること]

[なら「(てんさい)」]

[いや、「ビートたけし」かよ]

[……いや、あの芸名は本人曰く「適当」だそうよ]

[[な、なんだって!?]]

[なんでそこは二人して驚くのよ。普通にインターネット百科事典ウィキペディアに載ってるわよ]

[……(僕はそもそもウィキペディアを使ったことがあまりないし、ガラケーだし)]

[……(便利な世の中になったわね。アタイはガラケーしか使えないけど)]

[そして、黙るな。私だけが知識人みたいで恥ずかしいじゃない]

[実際][そうよね?]

[ちが~う。あんたたちがネットに疎すぎなの。今更とかふざけてんの? 今二〇三二年よ。6G出てるのよ]

[5GとVoLTE? に対応してれば通話できるし別に良いよ]

[……時代遅れ姉弟]

[ガラケーは安いじゃん。出費を抑えたいんだよ]

[月額?]

[四千円ぐらい]

[私のスマホ、機種代含めて二千円だけど]

[いつの間に逆転現象が起きてたの?]

[五年以上前?]

[そりゃあ知らないわけだ]

[ゆきと一緒にケータイを変えたのって八年前よ]

[……スマホじゃ信じられない耐用年数ね]

[というかなんでケータイの話になった?]

[ガラケー姉弟って言われたからよ]

どうでもいい話になったからまだ良かったが、あの空気の前では僕は自然消滅しそうだった。危ない危ない。

ガラケーを買ったのは実際には一四年前で、ギリギリフルスペックのガラケー(ガラスマでは無く、ISNアプリが実際に動作するガラケー)が一般人として買えたときだった。その機種はしっかりと4Gや3G-LTE(3.9G)に対応した高性能モデルだった。

今の機種はメーカーと契約して特注したものだ。これは世の中のじじばばがスマホを強制され、結果としてケータイを持たないなんて結果になった時期もあった事から、スマホでは無くても良いでは無いかということで“SMJIJ”と変なブランド名にしたあげくAndrMobisとかでも無くGrand Mobisにしてもらったものだ。

僕はネット検索はほとんど使っていないが、回線そのものはスマホのそれと全く同じで、しようと思えばPCサイトブラウザを使ってポインターを表示させたPCブラウジング体験のようなものが出来るのである。

[姉のアタイから一言。このガラケーはゆきのブランドで作られたガラケーよ]

[SMJIJって幸矢のブランドだったのね]

姉さんが余計なことをまき散らした。まぁこの程度ならセーフだろう。

結局話はうやむやになってしまったが、ある意味では結果オーライだったかも知れない。

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