許されない恋

魚綱

ある男の相談

琥珀色のグラスを傾ける、陰鬱でいてどこか淫靡な印象を与える男。


三十路になっても青年という言葉が相応しいくらい老いを感じさせない青白い顔がバーの薄暗い照明に照らされている。


ふと、吸血鬼みたいだなと思った。


「失礼」

ひと声かけ、横に腰掛けると、吸血鬼は一瞬きれいな笑顔を作り、そして私の顔を見て疲れたような顔に戻した。


「……急に呼び出してすまない」

低く、直ぐに霧散してしまいそうなささやき声。


「別にいいさ。独身貴族は柵がすくない。それに丁度誰かの金で高い酒が飲みたかった気分なんだ。誰かの愚痴でも肴にしながらな」


そういうと彼の顔が少し緩んだ。


「好きなものを僕が破産しないくらいに頼んでくれ」


「学生時代ならともかく、今のお前の財布は厚いだろう?なんせお医者様だ。響の水割りを」


彼は顔をしかめた。

「そうでもないさ。というか医者と言うと語弊があるが……まぁ良い。相談事というのは……僕の職業に関わることなんだ」


グラスを傾けると彼もグラスを傾け唇を湿らせた。

そして語り始めた。


「怪我や病気を治す時に私情を持ち込まない。それが最低限のルールだ。でも……最近それが難しくなってきたんだ」


「どうした?やってきた美人に心奪われたのか?」

この朴念仁にそんな機能があるとは思えなかったのだが……


苦虫を噛み潰したような顔で彼は頷いた。


「そ、そうか」

水面が何故か波立っているグラスを口に運ぶ。


「この前とびきり美人の娘を診察したんだ。そのときに」


「ちょっと待ってくれ」


私は思わず手を頭に当てた。


「その美人な娘ってのは付き添いの人じゃなくて……」


「診察したっていっただろう?」


「お前獣医だよな」






――――――――――――――――――――――――――――



蛇足



「とびっきり度数の高いアルコールを」


出てきたザ・グレンリベット ナデューラを横に滑らせる。


「おごる側の人間があまり酒を飲まないと奢られる側があまり気持ちよく飲めないだろう?」


「……普通割らない?」


なんだか我慢しているのが馬鹿らしくなった。

潰して襲ってしまおう。







「ふぅ」

アホから漏れ出た色っぽいため息にどうしようもなく疼く。


「だいぶ酔ったな。うちの家近くだし泊まってくか?」


「あぁ……すまない」


会計を済ませ――流石に奢られるのは気が引けたため割り勘にした――夜の街を歩く。


私の肩に寄りかかりながら酔っ払いは囁いた。


「今日はありがとう。おかげでだいぶ気が楽になった」


「ただ酒を飲ませ続けただけだが……」


「友と酒を飲む。間違いなく安らぐし気が晴れるさ」

学生時代と変わらないような笑顔。


「あぁ……久しぶりに酔った」




私は今日も酔えなかった。

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許されない恋 魚綱 @sakanatuna

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