第5話

 ようやく家に他の警官たちが入ってきた。倒れ込んだ人たちは次々と運ばれる。


「奥にまだ数人いるらしい! あとこの人は傷口が深く出血がひどい」

 冬月は救急隊員にそう伝えると女と向き合う。彼女はまだ包丁を握ったままだ。他の警官も彼女が包丁を握っているのに気づいて恐る恐る近く。


「近づくな!!! 今、このお巡りさんと二人きりにさせて!」

 え? と冬月は女を見る。彼女は包丁を他の警官に向け、そして冬月にも向けた。


「あなたに話を聞いて欲しいの」

「俺じゃなくてもいいと思うんだけどなぁ」

「いいからっ!!! ほら! 他の警官も出て行け!!!」

 冬月は頷いて他の警官に部屋を退室するように命じた。奥の部屋から50代夫婦、十代の兄弟二人が血まみれ状態で運ばれて行った。


 部屋中血だらけの赤色。シバも血が付いている。


 二人きりになり冬月は女を再び見る。さっきの鬼のような顔から、いつもの顔に戻った。違うのは全身血だらけであること。

 彼女と長い間見つめるのは初めてである。女は少し照れた顔をする。

 何人も切りつけ、叫んだのにもかかわらずそんな顔ができるのかと冬月は恐ろしさを感じる。


「私、ずっとあなたが好きでした。あなたが交番の中でお仕事されてる時の顔をこっそり見るのが癒しでした」

 女の口調はさっきと違って穏やかになっている。


「家では旦那や義親にひどいことをたくさん言われて家出したくなっても今家出したら私は子供も家も失ってしまう。仕事を辞めさせられてお金もない私はどこに行けばイイかわからなくなる。長男の嫁ってことだけで都合のいいように使われて、罵られてストレスのはけ口にされて。次男夫婦はそんな私を見て見ぬ振りして自由に離れて過ごしてたの。親戚たちも義親の暴走を止めなかった。不満があるくせに。私に矛先が向かってることをいいことに。そんなしんどい毎日、それに加えて二人の子供の育児、近所づきあい、友達にも会えない、自分の時間もない。楽しみなんて限られている。だからあなたの姿をみて今日も頑張ろう、明日も頑張ろういつか、あなたとお話しできたらって」

 女は息継ぎもせず興奮しているのかわーっと捲し立てるかのように

話をした。彼女の手にはまだ包丁が握られている。少しずつ冬月に近づく。


「ひどいことされていたのか? 何をされてたんだ? 暴力か? だったら言ってくれたら」

 冬月は彼女を落ち着かせようとしながらも自分の身を後退している。


「暴力は暴力でも目に見えない暴力よ」

 ふと、冬月の頭によぎったのは


『精神的DV…モラハラか…』


「いっそのこと殴られたら、目に見えるような傷をつけられたら良かったのに。じゃないとわからないの。誰にも訴えられなかったの。相談もできなかったの。あいつらは人前ではイイ顔するから」

すると冬月は首を横に振って言った。

「モラハラも記録さえしていれば訴えることもできる! 録音出来なくても、日記を書いていれば、それよりもまず、相談してくれたら……」

 女は包丁をまた振り回した。

「そんなの知ってるわ! やってるわ、全部! でも、でもでも!!!!!」

 また包丁を下ろした。


『俺がもう少し気にかけて声をかけていれば。そして話をしていたら彼女はこんなことをしてなかったはずだ』


「お巡りさん、あなたを散歩の時にね見るのが楽しみだったの。声かけるのは恥ずかしくて。でもたまに外にいる時にあいさつしてくれたとき…その日はきっと、いい一日なんだろうなあって、思ってたの」

 女は再び口調が穏やかになった。

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