第3話

 冬月はいつものように町のパトロールをしていた。この前は白バイに乗っていたこともあり、自転車でのパトロールは少しかったるいものがあったようだ。

 でもこの勤務を楽しめるのは勤務後の楽しみがある、その楽しみは彼にしかわからないのだが。あと少しで終わる、今日も厄介な事はなさそうだと冬月は思って足取りも軽かった。


「おーいっ!!おまわりさんっ!!!!!」

 と、いきなり冬月が通った家から飛び出てきたのは喪服を着た30代後半の男だった。


「助けてクレェ、甥っ子と姪っ子がいなくなって、それに…それに…」


 言い終わる前に家の奥から叫び声がした。女性の声だ。冬月無線で連絡をし、その男と共に家の中に入った。


 玄関は無数の靴。子供のもののカラフルな靴以外は全部黒い。出てきた男が喪服ということから冬月は法事であろうと確信した。それらの靴は踏まれて玄関の中で散らばっている。



 そして冬月が靴を履いたまま上がると和室の中に何人か集まっている。その中央に肩から血を流してる女性がいた。20代後半である。

「いたぁあああああいいいい!」

「はるかっ!!!」

 先ほど出てきた男が怪我をして横たわって叫ぶ女性に駆け寄る。部屋にはそれぞれ手足を負傷し血まみれで座り込んでいる60代の夫婦、怪我をした女性と先ほどの男性、頭部を怪我している30代後半の男、そして奥にも。

 冬月は腰元にある拳銃を手にやりながら進んでいく。


 全身血まみれの怖い形相をし、髪を振り乱した女性が血まみれの包丁を持って立っていた。鬼のような人間でないものを冬月は感じた。


 この部屋にいる全員は喪服を着ていた。やはり法事が行われていたのだ。仏間にはいくつかの洋菓子屋の包みに包まれた箱や果物が。冬月は無線で救急車の要請もする。到底一人では全員の怪我の処置はできない。血まみれの部屋の中で誰から優先的に手当をすれば良いのかを見極めている。


 とりあえず無傷の男に一番重症の20代の女性の止血をしてもらう。情けないことに男は狼狽えていて失禁をしている。冬月は老夫婦の止血を試みるが、女性の方はまだ軽いようだ。男性がかなり出血をしていて近くにあったタオルで止血を試みるが、時間の問題である。


「あの包丁を持っているのは兄貴の奥さんです」

 と、ガタガタ震えながら男性がいった。


 冬月は包丁を持つ女を見た。彼女は力強く彼を睨む。まだ危害を加えるかもしれない。そして甥っ子、姪っ子と言っていたが子供の姿はない。冬月は気づいた。その女性のことを。


『いつも交番の前を散歩してるあの女性だ!!!!』


 子供をベビーカーに乗せ、たまに交番の中をチラッと見て自分を見ると顔を真っ赤にして去っていく、その姿とは全く違うではないか。


 目の前に立っているのはいつもの素敵な笑みではなく、見たことのない形相の彼女に驚く。

 刃物を持ってまた襲いかかってくることがあるかもしれないと、冬月は警戒していた。


『あんなおとなしそうで清楚なお母さん……どうしちまったんだ?』


「ノブオさん、あなたたち夫婦は私に全部を押し付け、あんたの親の世話もして心底疲れてるんの。はるかさんも何で近いのに義実家に行こうとしないの?」


 女性が刃物を失禁して狼狽えていた男、彼女にとっては義理の弟であるノブオに向けた。その妻であるはるかは、ごめんなさいごめんなさいと泣きじゃくる。ノブオもだ。

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