第4話 見せてもらおうか、この国の自然選択によって生まれた優性種とやらを

 食欲を満たした俺は、食後の嗜好品を求めてコンビニに立ち寄った。


 缶コーヒーを手にした俺は、何気なく雑誌コーナーに立ち寄った。購入する気はないのだが、コンビニの雑誌コーナーには不思議と近づいてしまう。


 雑誌コーナーを端からぼんやりと眺めていると、成人向けの雑誌コーナーが極限まで縮小されていることに気付いた。すでに大手コンビニチェーンでは、成人向け雑誌の販売を終了しているらしい。まったく潔癖な世の中になったものだ。学生時代にコンビニでアルバイトしていた頃は、雑誌コーナーの端は、下品極まりないタイトルと表紙の雑誌が堂々と並んでいた。あれはいったい何だったのだろうか。今さらエロ本を排除したところでコンビニに健全なイメージなど湧かない。コンビニのイメージは、ヤンキー、酒、煙草、エロ本だ。


 深夜になれば、騒音をまき散らしてヤンキーが集まり、酒と煙草とエロ本を買って、駐車場で乱痴気騒ぎを起す。そして近所からの通報で警察が駆け付けると、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。これこそがコンビニのイメージだ。このイメージを払拭したいのだろうか。今さらである。残念ながら人の持つイメージは、そう簡単には変わらない。エロ本が消えたとしても、それは決して変わることはない。コンビニに対して健全なイメージなど湧くことはない。


 などと、心で嘲りながら、何気なく成人向け雑誌を眺めていると、俺はある雑誌に視線が止まった。


 地元向けの風俗雑誌である。


 そこに既視感を覚えた。


 俺は、ふと過去へと視線を向けた。


 建設会社を退社後、次に務めたスーパーマーケットでは、一風変わったハラスメント横行していた。


 風俗ハラスメントだ。


 俺が配属となった店舗では、男性従業員が異常な痩せ方をしていたのに驚いた。頬は抉れ、唇は渇き、手足の骨が剥き出しになっている。酷い者は眼窩が抉れて目玉が飛び出していた。誰もが不潔な恰好しており、シャツは皺だらけで黄ばんでおり、スラックスは色褪せて破れていた。


 ほどなくして、その原因が店長にあることが分かった。


 店長は色欲の塊だった。


 店長は完全なる風俗狂いだった。ちなみに独身だ。風俗通いを否定するつもりはないが、この店長が厄介なのは部下に風俗を強要することだった。しかも店長は風俗で借金まみれのため、部下は自腹で風俗に付き合わなくてはならなかった。もし付き合わなければ、容赦ないパワハラが待っていた。また部下に童貞を見つけると、強引に風俗に連れて行き、強制的に童貞を捨てさせた。しかも童貞は一万円以下の激安ソープで童貞を捨てなければならないという謎ルールが存在していた。激安ソープには激安である理由がある。そこで童貞を捨てなければならないのだ。童貞にとっては酷な体験だ。だが、本当の地獄は童貞を捨てた後に待っている。店長による徹底的なイジりである。店長は童貞を捨てるまでの過程を、他の従業員の前で報告することを強要した。事細かな説明をするように命令をした。そして童貞卒業ネタをイジってイジり倒すことが大好きだった。


 童貞狩りである。


 童貞の人権を蹂躙する、恐怖の童貞狩りである。


 童貞狩りによって心が病んで退職した者は数知れない。


 その他にも、風俗に行くため、消費者金融から借金する者、奥さんに風俗通いが見つかり離婚を突き付けられる者、性病に悩まされる者など、被害者は多発していた。


 従業員の異常な痩せ方と不潔な恰好は、借金返済に追われて生活が困窮していたからだった。


 店長の風俗強要は、多くの従業員の人生を狂わせていた。


 辞めた理由は、貯金が底を尽き、借金背負う直前まで陥ったからだ。もはや人生が破綻するのは明らかだった。


 店長は、完全に色欲に取り憑かれていた。


 昏く澱んだ目で、風俗雑誌のページをめくっている姿は、人間ではなく完全に獣だった。


 色欲の獣。


 退職して十五年以上経つが、あの獣の借金はどれだけ膨らんでいるのだろうか。


 まあ、今となってはどうでもいいことだが。


 しかし、だ。


 俺は、地元向けの風俗雑誌を手に取った。


 週末が近づくと、店長命令でこの風俗雑誌を買いに行かされていた。スマートフォンなどない時代。歓楽街で風俗店を探すのに雑誌は必需品だった。


 多くの者たちの人生を狂わせた、忌まわしき雑誌。


 怒り、憎しみ、悲しみ、といった忌まわしい情念が込み上げると思いきや、表紙の美女と目が合うと、そんなものは一瞬にして吹き飛んだ。


 これはいったいどういうことだろうか。


 こんな美女が表紙を飾ったことがあっただろうか。容姿もスタイルも非の打ちどころがないほど整っている。かつて毎月購入していたが、ここまで表紙に釘付けになったことは一度もない。所詮は地元誌だ。一般女性に下手な加工を全力で施していた記憶しかない。もしやこの十五年間で加工技術が恐ろしいほど進歩したのだろうか。しかし加工するにしても限度というものがある。仮に加工が施されていたとしても、実物が良くなければ、ここまで仕上げることはできないだろう。


 やはり本物の美女なのだろうか。


 少子化や人手不足と叫ばれている昨今、こんな美女が地元の風俗で働いているとは俄かに信じられない。謎は深まるばかりだ。


 いや、俺の概念は十五年前で止まってしまっている。


 もしや、この空白期間で概念にズレが生じているのではないだろうか。


 俺はマクロでの視点を止め、ミクロへの視点に変換した。


 そもそも、なぜ少子化が加速しているのか。


 結婚する人間が減っているのか。結婚とはどういった人間がするのか。


 そう。


 リア充である。


 リア充とは、モテる人間。


 モテる人間とは、美男と美女だ。


 少子化とは、美男と美女の遺伝子しか残らないことを意味しているのではないだろうか。


 かつて日本には、お見合いという文化があった。そして、お見合いには男女を仲介する仲人と呼ばれる連中がいた。仲人によってお見合いが積極的に実施されたことで、出会いの場が増え、結婚へと繋がっていったのだ。昔の未婚率が極端に低かったのもそのためだ。しかし、現代は仲人の数が減ったことで、お見合いの数も減った。お見合いという出会いの場が減ったことで、結婚も減ったのだ。お見合いによる結婚は他力な部分が大きいが、恋愛ではなく、結婚に重きを置くのであれば、自力と他力の両方を活用することは、理想の相手に出会う確率を高めることができ、婚活の期間を短縮することができるのだ。しかし現代では他力に頼れないため、自力で結婚相手を探すしかない。自力での婚活は長期間に及ぶ上、理想の相手と出会う確率も低くなる。


 そもそも、自力で結婚相手を探せる人間は限られている。


 そう。


 リア充である。


 リア充とは、モテる人間。


 モテる人間とは、美男と美女だ。


 恐らく二十年くらい前から美男と美女しか結婚できなくなったのだろう。資産や相性によって多少の誤差は生じるだろうが、それは微視的なものだ。巨視的な視点で見れば、日本は美男と美女しか結婚していない。


 結局は、見た目で結婚相手を選んでいるということだ。


 そして美男と美女から生まれた子供は、やはり美男と美女に成長する。このサイクルが構築されたことにより、現代の若者は美男と美女しかいなくなったのだろう。少子化が加速するのも当然だ。


 これは自然選択である。


 工業暗化と呼ばれる現象がある。


 二十世紀初め、工業都市の発展につれて、そこに生息する蛾の体色が、明るい色から暗い色に変色した現象のことだ。原因は、蛾が棲み処としている樹木の樹皮が工場から排出される煤煙によって黒ずんだことで、暗い色の蛾が保護色となり、天敵である鳥から食べられる確率が減ったからだ。一方、明るい色の蛾はより目立つようになり鳥に食べ尽くされ、やがて暗い色の蛾しかいなくなったのである。これを工業暗化による自然選択と言われている。


 美男美女が生き残るのも、自然選択によるものだ。


 この国の社会は、美男美女しか生き残れない仕組みとなっている。


 仕事に関しても、美男美女は優位となる。特に美女は、就職の内定率が圧倒的に高いと、統計的に出ている。資格や才能が不可欠な仕事でなければ、自分の努力次第で望む職種に就くことができるのだ。収入の高い仕事に就くことも可能だ。美男に関しても美女ほどではないが、就職に有利だと聞く。営業やサービス業では美男は重宝される。そこで狡猾に立ち回り、それなりの収入を得ることができるようになれば、異性は勝手に寄って来る。そこから美女を選別して結婚すれば、美男美女の遺伝子は残され、それは子孫へと受け継がれていく。


 ちなみに美男美女以外は、就職の段階で躓く。そして一度でも転ぶと、奈落の底まで転げ落ちていくのが、この社会だ。そして奈落の底で烙印を押され、這い上がれないように鎖で雁字搦めにされる。こうなったら自分の遺伝子を残すどころではない。日々泥水啜って無様に生きるか、潔く死ぬかの二択だ。つまりこの社会は、美男美女以外は絶滅する仕組みとなっているのだ。いずれこの国は、美男美女だけになるだろう。これがこの国の社会が生み出した自然選択だ。


 長い余談となった。


 が、ようやく合点がいった。


 この風俗雑誌の表紙を飾る美女は、自然選択によるもので、何ら不思議なことではないということだ。


 しかし、だ。


 この表紙を完全に信じることは時期尚早。加工技術もこの十五年で恐ろしいほど進化しているに違いない。別人の可能性もある。


 やはり、実物を見てみるまで分からない。


 よしっ。


 俺は雑誌を手に取り、レジへと向かった。


 これは確かめる必要がある。


 この国の社会が生み出した自然選択を確かめる良い機会だ。


 彼女は生存を約束された優性種。俺は絶滅を決定された劣等種。


 ふっ、と俺は自虐的に笑った。


 見せてもらおうか、この国の自然選択によって生まれた優性種とやらを。


        ※  ※  ※


 ハッキリ言って俺はモテない。


 俺の時代、モテる奴というのは、運動神経抜群のスポーツマンか、喧嘩上等のヤンキーだ。ただしイケメンに限る。


 俺は、運動神経もなければ、喧嘩する度胸もなかったため、教室の隅でひそひそとゲームや漫画の話をしている冴えない一味に過ぎなかった。そんな陰キャラの俺でも、大学時代に一度だけ彼女が出来たことがある。同じゼミの同級生で割と美人だった。


 大学生の恋愛は、容姿だけが重要視される。


 体育祭も球技大会もないので運動神経の良し悪しは分からない。また偏差値の関係もあってヤンキーもほとんどいない。そうなると容姿がすべてとなる。イケメンが圧倒的に有利な世界なのだ。非イケメンがイケメンになるのは不可能だが、イケメンに近づくことはできる。髪型や服装を流行に合わせればいい。そしてイケメンの友人と一緒にいれば、相乗効果でイケメンに近づくことができるのだ。俺はモテたいがために、陰キャラをやめて、流行を取り入れた陽キャラを目指した。すると徐々に異性から話しかけられるようになった。彼女もその一人だった。少人数のゼミだったこともあり、彼女と打ち解けるのに時間は掛からなかった。女性の免疫がなかった俺は、快活で人懐っこい性格の彼女に魅かれてしまい、人生で初めて異性に告白した。今想うと、かなり微妙な反応だったような気がしたが、当時、完全にのぼせ上っていたため、違和感に気付くことなく、必死で想いを伝え続けた。結果、交際することになった。当時は、熱意が通じたのだと、勝手に思い込んでいたが、後にそれが大間違いであったことを痛感させられることとなった。


 彼女は傲慢の塊だった。


 そもそも彼女は、俺に興味などなかった。


 興味があったのは、俺の自家用車だった。


 当時、俺は両親が乗らなくなった車を借りて通学していた。当時は不景気の只中で、アルバイトもせずにマイカーを所有している大学生は割と珍しかった。


 彼女は何か用事があるたび、俺を呼び出し、運転手として使った。学校の送迎、アルバイトの送迎、ショッピングの送迎、サークルの飲み会の送迎、など、昼夜と問わず呼び出された。たとえ夜中であっても容赦なく呼び出されるため、携帯電話を握りしめた状態で就寝していた。もし少しでも遅刻すれば、凄まじい叱責と暴力が待っていた。だが、恋愛経験のない俺は、異性との交際の基準がよく分からなかったため、違和感はあっても、受け入れるしかなかった。ようやくおかしいことに気付いたのは、合コンの送迎をさせられた時だった。今さらながら恥ずかしくなる。


 彼女は、異常なほど優位心が高かった。


 絶えず自分と他人を比較して、優位であれば他人を見下し、優位でなければ他人を陥れて優位に立つ。これが彼女の本性だった。


 無論、優位心は、俺に対しても向けられた。


 いわば主人と下僕の関係である。主人の命令は絶対で、少しでも抵抗しようものなら容赦ない叱責と暴力が飛んできた。はなから彼女は恋人関係など考えてなかった。自らが優位に立つ主従関係としか考えていなかった。


 そんな彼女だったが、交際から三ヶ月であっさりと別の男のところに行ってしまった。どうやら俺を含めた複数の男と交際していたらしく、新たに車持ちの男が見つかったため、俺は用済みとなったようだ。彼女にとって男は下僕。人事権はすべて主人にある。


 彼女は、完全に傲慢に取り憑かれていた。


 助手席でこちらを睥睨する姿は、人間ではなく完全に獣だった。


 傲慢の獣。


 別れて二十年以上経つが、あの獣は、まだ下僕を使役しているのだろうか。


 俺と同い年。


 なるほど。


 無理でしょ。


 と、いうわけで。


 そんな獣と何度か利用したラブホテルに、俺はいる。


 一応、付き合っていたわけで、男女の関係はあった。すべては彼女の気分次第だった。無論、主導権はすべて彼女にあったため、俺は命じられるままに奉仕していた。真性のマゾヒストならば、悦楽に溺れるかもしれないが、あいにく俺は、そこまで変態ではない。悦楽よりも恥辱のほうが強かった。しかし後に勤めたスーパーマーケットで悲惨な童貞狩りを目の当たりにしたことで、屈辱的ではあったが、一応、大人になっておいてよかった、と安堵した。彼女への嫌悪は消えないが、この件に関しては感謝している。


 そんなこんなで、元カノとの思い出が少しだけ詰まったラブホテルの部屋で、俺は女性の到着を待っていた。このホテルを選んだのは、初めて行くホテルよりも、行ったことのあるホテルのほうが、多少なりとも、リラックスできるだろうと思ったからだ。


 購入した風俗雑誌の表紙の美女は派遣型風俗店に勤務しているらしい。派遣型風俗店とは、風俗嬢が、自宅、もしくはホテルまで来てサービスを行う風俗店のことだ。自宅であれば、サービス料金に交通費が加算されるだけだが、ホテルを利用する場合は、サービス料金とは別に、自腹でホテル代も払わなければならない。よって店舗型風俗店よりも割高となってしまう。しかし店舗型風俗店は都市部の歓楽街に集中しているため、田舎では派遣型風俗店を利用するしかないのだ。


 派遣型風俗店は、店舗型風俗店よりもお金がかかる。


 そんなことは百も承知だった。


 が、その風俗店の料金設定を見て愕然となった。


 他の派遣型風俗店の倍以上の値段だった。しかもそこに指名料を合わせると、さらに金額に跳ね上がることに気付いた。どうやら高級風俗店のようだ。


 どうすべきかと散々迷ったが、表紙の美女の視線に決心が固まった。


 彼女がいなければ、利用するのをやめよう。


 そう結論に至った。


 俺はホテルの固定電話で、風俗店の番号を間違えないようにゆっくりと押した。指先が微かに震えていることに気付いた。スーパーマーケットを退職して十五年経つ。店長命令で風俗店に電話するときは、仕事の延長線上だったこともあり、まったく緊張しなかったが、自分の意思で風俗店に電話するのは、やたらと緊張した。リラックスなどほど遠い。久方ぶりの緊張だ。だが不思議と心地よかった。これは緊張というストレスによって、肉体と精神が生を実感しているからだろうか。よく分からないが、たまの緊張も悪くないと思った。


 ダイヤルを押し終えると、数回の呼び出し音の後、風俗店にしては、やけに感じの良い男性の声が聞こえた。さすがは高級店。緊張で声を震わせながら、表紙の美女を指名すると、表紙の美女は待機中だったらしく、20分ほどで到着すると告げられた。どうやら、この表紙の美女は一番人気らしく、基本、出勤日は予約で埋まっているとのことだった。今日はたまたま人手が足りなかったため、急遽、休みだった彼女に出勤してもらったらしい。だからお客さんはめちゃくちゃ運が良いです、と店員は鼻息を荒げて言った。


 ここまで店員に煽られれば、さすがに期待してしまう。もし表紙の美女が来れば、俺は人生で二度と味わうことない経験をするだろう。金額的には非常に痛いが、この博打には人生を賭けるほどの価値がある。


 ここで勝負せず、いつ勝負するというのだ。


 そして俺は待った。


 はたして、人生でこれほどまで長い20分間を経験したことがあっただろうか。


 時計の針が一向に傾きを見せない。この部屋だけ時の流れが鈍くなっているように思えた。


 備え付けの革のソファーに座っていると、心臓の高鳴る音がうるさいほど聞こえた。全身がむずむずして落ち着かない。俺は精神を落ち着かせるため、部屋の中心に置かれていた木製のテーブルの周りをグルグル歩き回った。そして散々歩き回り、ダブルベッドに勢いよく倒れ込んだ。心臓の高鳴る音が聞こえる。何度も寝返りを打っていると、顔面が異常なほど熱くなっていることに気付き、慌てて洗面台に行き、冷水で顔を叩いた。ついでに歯も磨いた。


 人生で、これほど緊張したことはない。


 この状態で、表紙の美女が目の前に現れたら、どうなってしまうのだろうか。


 最初は心地よかった緊張も、ここまでくると苦痛にしか感じられない。


 苦しい時間が過ぎていく。


 ようやく20分が経過した。


 室内には、俺の心音しか聞こえてこない。


 静寂。


 30分が経過した。


 やはり、室内は、俺の心音しか聞こえない。


 1時間が経過した。


 どういうことだ。


 さすがに俺の心臓も落ち着きを取り戻していた。


 どういうことだ。


 20分で到着するのではなかったのか。サービス業が、お客様を待たせるのは、ご法度だ。ホテルの料金だって加算している。まあ、今夜はこのホテルに泊まるつもりなので関係ないのだが、しかし、これはクレーム案件だ。


 俺は、怒りに任せて受話器をもぎ取った。


 そして、受話器を静かに元に戻した。


 やめておこう。


 女性経験は乏しいが、風俗経験はそれなりに豊富だ。風俗に関しては、それなりに理解しているつもりだ。よって裏側にいらっしゃる方々のことも、それなりに理解している。


 特に損失を被ったわけではない。


 仕方がない。待つとしよう。果報は寝て待てだ。


 というわけで、俺はベッドに転がり、目を閉じた。


 果たして来るのだろうか。


 そもそも、あの表紙の美女は実在するのだろうか。


 すべては、虚構に過ぎないのではないか。


 そんな益体もないことを考えていると、次第に緊張が解けていった。強張っていた筋肉が、緩やかに弛緩していく。満腹も相まって脳の奥からさざなみのような睡魔が押し寄せてきた。


 気が付くと、俺は穏やかな微睡に包まれていた。


 気持ちの良い眠りへと誘われていく。


 ウトウトと、夢と現実を行ったり来たりを繰り返す。


 その時、部屋のチャイムが鳴った。


 はっ、と意識が覚醒した。


 扉の向こうで透き通った女性の声がした。


 混濁した頭を何度も振り、俺は扉の方へと向かった。


 心臓の高鳴りが蘇る。


 恐る恐る扉を開けると、そこに表紙の美女が立っていた

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