第38話 再会 会話 父親優一

「お茶、入ったよ。父さん。」

低いトーンの有加の言葉。龍吾を、中心にして、何やら、喋っている二人に、少し、気分が、悪くしていた。

ダァーン

 少し、苛立ちを、テーブルにぶつける有加。

 「あぁ、ありがとうな、有加。」

 龍吾のかわいさに、メロメロになっていた優一は、後ろの有加の気配など、全く気づいていなかった。

 ムスぅーとした表情で、居間のちゃぶ台に、お茶を配る有加。

 「父さん、きちんと、話してもらいますからね。何で、知っとうとね。勇ちゃん、龍吾の事…」

 目つきが鋭くなっている。優一は、龍吾を、勇生に預けて、立ち上がる。どこかに行くかと思えば、奥の部屋に、足を向けた。奥の部屋から、物音が聞こえたかと思うと、優一は、大きな封筒を持って、姿を見せる。有加が、湯飲みを置いた位置に座る優一。

 「やっぱり、勇生君、何も、ゆうとらんかったんやな…返事、書かんで、正解やった…」

 そんな言葉を口にして、持ってある大きな封筒を、有加に手渡した。

 「えっ…」

 有加は、大きな封筒の中身を目にして、そんな声を上げる。複数の手紙と葉書。封筒の中身を、全て、ちゃぶ台に出してみる。

 「いつぐらいからやろ。急に、有加、お前の名前で、手紙が来て、正直、驚いた。でも、すぐに、お前が、書いたものじゃぁなかと、分かったばい。自分の娘の書いた字ぐらい、わかるわなぁ。勇生君…」

 優一は、そんな言葉を発した後、勇生の顔を見て、微笑んだ。

 「五年ぐらいやなぁ。年賀状、暑中見舞い、後は、お前達の節目の出来事何やろうな。手紙に書いて、送ってきとったばい。大変やったやろ。有加に、成り代わって書くのは…多分、有加に、黙って、書いとるやろと思って、返事は、書かなかった。一緒に、住んどったわけやから、有加に、ばれると大変やろ。まぁ、有加が、わしに手紙など、書くはずがないから、自然な流れで、勇生君が、書き手になっている事は、わかったばい。」

 有加は、ちゃぶ台に広げられた、葉書、手紙を見つめていた。何も、考える事ができなかったのだ。想像もしていなかった出来事に、一点を見つめる事しか、出来なかった。もちろん、優一の言葉は、理解している。少しずつ、怒りが込み上げてくる。自分に黙って、こんな事をしていた勇生を、睨みつけていた。

 「有加、そんなに、勇生君の事、睨みつけるんじゃなかと。お前の事を思って、やったことやろ。ほら、写真も…」

 数十枚の手紙、葉書の中から、数枚の写真が出てくる。

 「ほれ、お前のウェディングドレスの写真、綺麗やな。わしにも、見せた事のない笑顔。幸せそうやな。これは、龍吾君が、生まれて間もない時の…かわいかぁ、本当に、かわいかぁ…」

 優一の瞳が、赤く色づいてくる。熱いものが、込み上げてくるのを、抑えていた。

 「正直、わしは、お前に、二度と逢わんと、おもっとったと。お前は、わしの事、嫌っとったのを、わかっとったし、わしも、それで、よかとおもっとった。勇生君が、送ってくれる手紙を見て、新幹線に乗った事もあったとよ。でも、お前に、逢う勇気なくてなぁ。とんぼ返りたい。笑ってまうやろ。」

 優一は、そんな言葉を口にして、俯いてしまう。込み上げてくるものを、堪えているのだろう。

 「勇生君、本当に、ありがとうな。本当に…」

 勇生は、自分のしてきた事が、いいことなのか、不安でいた。目の前の優一の事を見て、胸を撫ぜ下ろす。

 「お父さん、そんな風に言ってもらって、ありがたいです。」

 思わず、そんな言葉を、発してしまっていた勇生。そんな二人の間にいる有加は、正直、除け者にされているみたいで、気分が悪い。

 「何よ。二人して、盛り上がってんのよ。勇ちゃん、だから、父さんの新しい住所とか、電話番号、知ってたんやね。別、怒らへんのに、言ってくれればええやん。何で、言ってくれんかったん。」

 そんな言葉を口にするが、勇生の事を、睨みつけている。

 「それは…」

 勇生は、有加が、優一と連絡が取れなくなったあの日の事を、思い浮かべながら、言葉を返そうとするが、有加の鋭い目つきと、何ともいえない迫力で、言葉が止まってしまう。

 「何よ、言いたい事があるんなら、言いなさいよ、勇ちゃん…それに、父さんも、父さんよ…」

 そんな言葉の後、鋭い視線が、優一にも、向けられた。腹が立っている有加は、勢いよく、言葉を並べていた。

 「それに、ここは、何よ。勝手に引っ越して…これ、<おばあの駄菓子屋>じゃないの。土間の所の柱時計、この居間、台所も…間取り全部。全部、燃えてなくなったのに、どうせ、新しい家、建てるなら、もうちょっと、お洒落にすれば、ええやん。わざわざ、<おばあの駄菓子屋>を、再現する様な真似しなくても…アホとちゃう。」

 本当は、謝らなければいけないのに、怒りに任せて、勢いよく、そんな言葉を口にする。

 「これはやな。わしのケジメやっとよ。おばあに対しての…」

 優一は、言葉を止める。有加の口から、気にかかる言葉が聞こえてきた。

「有加、お前、今、おばあって…」

 そんな言葉を続ける。有加の口から、<おばあ>という言葉が、発せられた事に、驚いている。記憶喪失である有加。母親の京子の事、おばあと暮らしていた事、全て、忘れているはずの有加の口から、<おばあ>と云う言葉を発していた。まして、この家が、<おばあの駄菓子屋>だと、言っていた。

 …

 順を追って、きちんと、話をしようと思っていた有加。除け者にされていたという怒りで、思わず、発してしまった言葉に、優一は、戸惑ってしまう。すぐにも、紀伊山地での出来事を、話そうとするが、言葉が止まってしまう。

 「有加、忘れとったよな。全部、忘れとったよな。何で…もしかして…」

 有加とは違い、優一の頭が、フル回転していた。正直、急に、有加の帰郷のメッセージを聞いた時、不思議に思った。十年も、連絡がなかった娘からのメッセージ。自分の事を、嫌っているはずの娘から、メッセージに、戸惑っていた。愛娘、初孫に逢えるという気持ちが、そんな思いを、掻き消していた。

 『おばあに、逢ったよ。』

 不意に、そんな言葉を発する有加、順を追って、わかりやすく。信じがたい出来事。丁寧に、話をしようと、思っていた。有加は、ストレートに、発してしまう。

 …

 「父さん、信じて、もらえへんかもしれんけど、一ヶ月前、おばあに、逢ったんよ。」

 突然の有加の言葉に、黙ってしまう優一。有加は、そんな言葉を、付け加えていた。もう、この世にいないおばあと、逢ったと言う我が娘。どんな言葉を、口にすればいいのだろう。一層、戸惑いが、優一の頭を混乱させる。

 「逢ったって、有加、おばあは、もう…」

 「燃え上がる、炎の中、私を助ける為に逝ってもうた。震える私を、庇ってくれたおばあが、逢いに来てくれた。私に、父さんに逢えって…」

 混乱する頭を抱えながらも、そんな言葉を口にする優一。有加も、立て続けに、言葉を被せる。

 記憶が、戻ったというなら、まだしも、死んだ人間に逢ったなんて、信じられるわけがない。

 「父さん、私の言う事、信じてなんて、言わない。でも、一ヶ月前に、本当にあった事、話するね。聞いてくれる。」

 有加の顔つきが、変わっている事に、優一は、気づいた。そんな嘘をつく子ではない事は、優一が、一番わかっている。優一を、見つめる瞳に、優一は、有加の話を聞いてみようと思う。

 「分かった。話してみぃ…」

 優一は、静かに、言葉にする。有加は、そんな優一の言葉に、ホッとした表情になる。そして、ゆっくりと、話し始める。あの紀伊山地での、出来事を…

 一方、勇生は、土間の柱時計の前で、靴を履いていた。龍吾を、太ももの上に、落とさないように、気をつけて、この場から、離れようとしていた。別に、有加の話しを、聞きたくないわけではない。親子の時間、自分が、入ってはいけない領域というものがある。勇生は、その事を、よく分かっていた。これからは、親子の時間である。十年振りに、顔を合わせた父親と、娘の大事な時間。邪魔をしたくなかったのだろう。龍吾を抱きかかえ、音を立てないように、この場を、後にした。


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