第36話 勇生の勘違い?そして、おばあの駄菓子屋へ

有加の瞳に、筑後川沿いの風景が、映っている。龍吾を、縦にして抱き、窓側に、視線を向けている。懐かしい風景である。失っていた記憶の中にある風景と、元々あった風景が、重なり合う。何か、感激に近いものを感じてしまう。

一方、勇生の方は、何か、別の事に気づき始める。

<初めて、見る景色ではない>

なぜか、そんな言葉が、頭の中に浮かんでくる。

<あれ、なんや、懐かしいのか。いや、ちゃう、でも…この景色、見た事があるような…>

続けて、そんな言葉が、浮かんできている。大阪で生まれ、育った勇生にとって、福岡の地は、初めてのはずである。修学旅行は、広島。京都、東京。九州の地には、一度も、足を踏み入れていない。個人的な旅行でも、九州には、来ていない。

<なんや、この感じ…確かに、見た事が…>

デジャブ、夢などで見た風景。予知なのか、違うような気がする。西鉄天神大牟田線、筑後川を通り過ぎたあたりから、勇生は、妙な感覚に、襲われていた。

勇生のそんな状況もあり、二人は、なんの、言葉を交わさないまま、西鉄天神大牟田線の特急車両は、久留米駅に着いた。この駅から、乗り換える。二つ目の駅が、<おばあの駄菓子屋>があった土地。有加が、おばあと、五年間、過ごした土地である。

勇生は、何も言わず、有加の後方を、歩いている。キョロキョロと、辺りの風景に、視線を移している。

<確かに、見に覚えがある>

そんな言葉を、思い浮かべる。口には、出さないが、勇生は、確信に近いものを、感じていた。

<でも、なんでやろう>

この言葉で、わかるように、不思議に思う勇生。単なる、似たような風景が、記憶に残っているだけなのかもしれない。妙な感じを、抱いたまま、普通電車が止まるホームを歩いていた。


「ふぅ…どないしよう。めっちゃ、緊張している。」

有加は 駅のホームに降りた途端、そんな言葉を発していた。懐かしい駅。周りの風景を、見る事無く、深呼吸をしていた。

「大丈夫か。」

夫婦とは、不思議なもので、一方が、緊張していると、相方は、落ち着いている。本当であれば、勇生の方が、緊張しているものであろう。不思議と、新幹線内、博多駅で、見せていた緊張が、無くなっていた。

「とにかく、行こうか。」

龍吾を抱いて、突っ立っている有加の腰に、手を回し、勇生が、支える様に歩き出す。改札を抜けて、おばあの駄菓子屋があった場所に向かって、歩き出した。

失っていた記憶の中にある商店街。何も、変わった所がない風景。いや、少し、寂れたかもしれない。もちろん、声を掛ける人間などいない。幼い時の有加は、知っていても、こんな大きくなった有加を、知る人間はいない。不安な気持ちを、抱えつつも、少しずつ、商店街の風景に、目を配らせている。

「でも、不思議な気分や、勇ちゃん。」

落ち着いてきたのか、こんな言葉を口にする有加。懐かしい風景に、<喜>の気持ちの方が、勝ってきたのかもしれない。

「どうしてや。」

「うまく、言えへんけど、田舎って、こんな感じが、するもんなんかなぁ。」

やっと、まともな会話をしている二人。里帰りを、一度もした事のない有加。大阪に出る時、故郷と云うものを、捨てるつもりでいた。改めて、懐かしく思う景色を見ていると、なんかこう、心の奥底から、楽しさが、湧き出てきていた。

「どうなんやろな。俺は、大阪やし、今も、暮らしているし…」

「なんていうの。落ち着くというか。勇ちゃんの実家帰った時、のんびりとしているやん。そんな感じかな。」

「それなら、わかるか。」

二人は、そんなたわいのない会話をしながら、おばあの駄菓子屋があった場所に、近づいていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る