第30話 勇生の秘め事
…
「あっ、そういえば…」
何か、わざとらしい台詞。勇生は、そんな言葉を発して、立ち上がると、龍吾を、有加に預けて、奥の部屋に足を進めた。
ゴソ、ゴソ、ゴソ…
押入れを開けて、奥の方で、何かをやっている。本当は、自分の手帳に書いてある、住所と電話番号。勇生は、その事を黙っておく事を選択した。
「あったわ。あった。」
また、わざとらしい口調の台詞が、有加の耳に届く。突然、立ち上がり、龍吾を預けられ、押入れの中にいる夫が、何をしているのかわからないでいた。
「有加、あったわ。はい、これ!」
そんな言葉を発して、襖の外側で待っていた有加に渡した。勇生は、再度、龍吾を預かる。
「何。これ。古い手帳なんて…」
古い手帳を手渡され、どうしていいのか、わからなくなる。手に取った古い手帳を、動かし、眺めている。
「有加、開いてみぃや。葉書が挟んでいるやろ。それに、住所と、電話番号が、書いている。」
そんな勇生の言葉が、届いたと同時に、手帳を開いた。勇生の言う通り、葉書が一枚、挟んであった。古い手帳の中に、古い葉書が一枚。手に取ってみると、父親からの葉書であった。いつから、来なくなったのだろう。全く、記憶にない葉書に、ホッとする反面、疑問が生まれてくる。
「って、あれ、何で、勇ちゃんが、この葉書、持ってんの。」
当たり前の疑問であろう。自分宛の葉書を、なぜ、勇生が取ってあったのかという疑問を、そんな言葉で口にする。
「・・・ふん、あれ、あれやん・・・」
歯切れの悪い台詞。動揺してしまう勇生。そこまで、考えていなかった。とにかく、頭を、フル回転させていた。すると、自分が、有加の父親と、手紙のやり取りをするようになったのを考え出した。
「・・・有加、どのぐらいだろう。まだ、一緒に住むようになって、間もない頃。郵便受けに、この葉書がはいとって、お前に、ゆうたの、覚えているか。」
「覚えてない。」
「そうやろな。見もせんで、捨ててって、言ってた…」
勇生は、その時の事を、よく覚えている。そして、葉書に書かれている文面が、手紙を書くきっかけになっていた。
「文面を、読んでみいや。捨ててって、言われても、捨てられへんやろ。」
有加は、そんな勇生の言葉に、手に持っていた葉書の文面に、目をやる。
―有加、元気でやっていますか。お父さんは、どうにか、やっています。お前が、家を出て、もう三年経つんやな。有加のいない正月を、三度も、迎えてもうた。寂しいけど仕方がなか。お前が、父さんをきらっとるのは、わかっとるし、お前は、お前の人生を歩き始めたんやろし、この葉書を、最後にするけん、もう、嫌な思いせんでいいばい。父さんは、手紙を書く事で、お前と繋がっていたかったとばい。この三年、返事がこうへんって事は、それが返事なんやろ。便りがない事は、元気な証拠やって言うしな。でも、有加、これだけは、言わせてくれ。父さんは、お前の父親やっと。一人で無理せんと、頼りたい時は、頼りんしゃい。いつでも、連絡ばぁ、くれ。お前に、おばあの事言うてもわからんやろうけど、今度、おばあが住んでいた場所に住む事にした。住所と、電話番号、書いたけん。じゃあ、元気で、身体、壊さんようにな。―
そんな文章が、書かれていた。五年以上前の文章。大阪に出て、年々、手紙の数が、減っていった様な気がする。それは、有加が、返事を書かなかったからである。悲しい感情よりも、悔しさが込みあがってくる。この文章を読まず、捨てた自分に対しての怒りを感じてしまう有加。
「どうや、捨てられへんやろ。」
勇生は、有加の表情を見て、そんな言葉を口にする。有加の父親、優一と、手紙を出している事は、口に出すつもりはない。なぜなら、自分が、勝手にしていた事で、有加が、へそを曲げて、<行かない>と、言いかねない。別に、黙っている理由はないのだが、福岡に行くまでは、黙っていた方がいいと云う勇生の判断なのである。
コクリ!
五年前の父親からの葉書に、目を通した有加は、何も言わず、頷いている。勇生が、優一に手紙を書こうと思った文章。有加は、何度も、何度も読み返す。
「有加、龍吾と、風呂に、入ってくるな。」
有加の瞳が、真っ赤になっていくのがわかる。勇生は、有加を一人にさせてやりたかった。どんな思いでいるのだろう。自分に対して、怒りや悔しさから、瞳に溜まる涙。有加、本人にしか、わからないだろう。
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