第26話 二人の時間
「ふぅ…」
有加は、内風呂に入っていた。集落の散策から戻り、夕食まで、まだ、時間があったので、それぞれ、大浴場に入りに行った。龍吾は、有加が担当。勇生は、ゆっくりと、日頃の疲れを取っていた。部屋に戻る頃、部屋に、食事が、運ばれていた。勇生と有加の新婚旅行。大奮発した夕食が、並べられる。一時間ぐらいかけての食事を、楽しんだ後、有加は、一人で、部屋の風呂。ヒノキ風呂に、身体を沈ませていた。宿の周りも、暗くなって、山間の集落の夜景が、いい味を出していた。
「どうしたら、ええやろ。私。」
有加は、口元が、見えなくなるまで、湯船に、顔を沈めてみる。ゆったりとした時間が、流れていた。
「お~い、有加、入るぞ。」
しばらくして、一人の時間を過ごしていた有加の耳に、そんな言葉が届く。
「えっ!」
勇生の声であるのに、自分の胸を、両手で、隠してしまう有加。
ガラ、ガラ、ガラララ…
引き戸が、開けられる音。恥ずかしさからか、勇生の方を、見れないでいる有加。
「何、しおらしい事、やってんねん、アホか。」
そんな勇生の言葉に、ムカッときてしまい、振り向くと、全裸の勇生ではなく、旅館の浴衣姿で、浴衣の裾を、帯に絡めた姿の勇生が、瞳に映る。
「こんな内風呂、あったんやな。俺も、後で、入ろう。」
そんな言葉を発しながら、龍神の集落の夜景に目が行く。おぼろに、輝く外灯に、各宿泊所の明かりに、穏やかなものを感じる。
「いいなぁ。蛍、みたいやなぁ。」
勇生は、蛍の灯火を、思い浮かべている。そんな勇生を、見上げる形になっている有加。何か、滑稽な姿の勇生。何で、こんな格好で、入ってきたんだろう。少し、不思議に思ってしまう。
「ねえ、勇ちゃん、龍吾は…」
何も、言わないとおかしいと思ったのか、そんな言葉を掛けてみる。
「うん、寝かしたよ。」
そんな言葉を返すと、有加に、視線を向けた。そんな勇生に、ドキッとしてしまう。
「ふ~ん、わかった。」
有加は、そんな言葉で、自分の視線を逸らしてしまう。そして、こんな言葉が、自然に、出てしまう。
「勇ちゃん、今日は、ごめんね。へんな事になってもうて…」
勇生は、浴衣姿のまま、しゃがみ込んだ。湯船につかっている有加の肩に、手を置いた。
「ゆうか。」
また、また、そんな勇生の声に、ドキッとしてしまう。有加の想像は、よからぬ方向にいっている。
「無理せんでええよ。今日の出来事は、お前にとって、ええことやねん。山の天辺でも、ゆうたけど、お前が、ずっと、悩んでいた事が、解決したねん。お前のお父さんの事。逢いたければ、俺は、付き合うし、逢いたくなければ、今までのままで、ええんとちゃうかな。」
今、悩んでいる事を、見事に、言葉にされてしまう有加。勇生は、言葉を続けた。
「記憶が、戻ってきた事で、お前は、間違いに気づいた。それは、素直に、受け入れたら、ええねん。俺は、お前と結婚して、龍吾が生まれた。有加の父親に、逢わんといかんと、思っている。それが、当たり前やと、思っている。後は、お前が、決めなさい。自分の気持ちに、素直にな。」
そんな勇生の言葉が、心に沁みる有加。山間の小さな旅館。集落のぼんやりとした外灯が見える内風呂に、そんな言葉が、響いている。
「勇ちゃん、ありがとう。」
有加は、そんな言葉を口にする。心に響いた言葉に、こんな言葉を返した有加の肩にある、勇生の手から、少し、力がこもったのを感じる。有加は、不意に、勇生を見上げた。
「これ以上、ここにおったら、お前を、襲ってしまいそうやから、行くわ。」
そんな言葉を、勇生は発した。有加的には、襲ってもらいと、思っているかもしれない。頼もしい、我が夫を、見上げる表情で、わかってしまう。
「ほなぁ、お前は、ゆっくり、つかっとき。」
そんな言葉を残して、勇生は、内風呂を後にする。有加は、勇生の愛情を、噛み締めている。こんな私でも、見守ってくれている人がいると、思うだけで、幸せを感じてしまう。
「よぉうし、考えますか。」
そんな言葉を呟き、有加は、湯船の中で、背筋を伸ばす。おぼろな外の夜景を、視界に入れながら、立ち上がる。有加の全裸が、ガラス越しに、映し出されていた。有加の裸体が、集落の夜景に、溶け込んでいった。
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