第25話 龍神温泉
山間の村。村というよりも、集落。<高野龍神スカイライン>を、下っていくと、深い山間に出てきた。入り組んだ山道を走っていると、一箇所に、建物が集まっているように見える集落が、今日、宿泊する龍神温泉地だ。道幅が狭い道を、宿を探して、車を走らせていると、岩川の風景の中、宿を見つけた。
「お食事まで、時間がありますので、前の川でも、散策でもしては、いかがですか。大浴場は、入れますので…」
旅館というほど、大きくない宿。仲居さんに、そんな言葉を掛けられる。
「ありがとうございます。」
そんな有加の言葉で、仲居さんは、部屋を後にする。畳敷きの二つの部屋。ゆったりできる広めの空間である。窓側には、三畳ほどの板間に、一人がけのソファーが二つ、小さなテーブルが置かれていた。勇生は、そのソファーに座り、外を眺めている。
「有加、ちょっと外に出てみるか。仲居さんも、ゆうてたし…」
「うん、いいよ。でも、ちょっと、待てて、龍吾のオムツ、換えるから…」
普段通りの有加である。山頂の喫茶店を出てから、表面上は、明るく、振舞っているが、勇生は、少し、無理をしている有加に気づいていた。
勇生は、オムツを替える有加を見ている。無理をしている理由は、なんとなく、わかっている。
「よし、準備okです。勇ちゃん、行きますか。」
そんな言葉で、部屋を後にした。宿の前にある岩川は、丁度いい散歩コースになっている。道は、岩畳で作られていて、さすがに、温泉地だけあり、微かに、硫黄の匂いもしている。
「勇ちゃん、すごいよ。山桜…」
龍吾を抱きかかえ、楽しそうに、足を進めている。山間の集落。心なしか、薄暗く感じる。
「勇ちゃん、龍吾を、お願い。」
有加は、そんな言葉を口にして、勇生に、龍吾を預けると、岩川の方に足を進める。急に、靴を脱いで、裸足になり、川の中に入っていく。
「つめたい。」
山間の集落。季節も、三月の末日。春になり、雪が溶けて、川に流れ込んでいるのだろう。岩川の周辺にも、春の息吹が、ちらほらと、見えている。
「有加、はしゃぐのもええけど、気をつけろよ。」
「大丈夫、大丈夫。勇ちゃんも、きいや。気持ちいいで…」
無邪気に、はしゃいでいる有加。勇生も、楽しくなってしまう。
「よぉし、有加、いくで…」
龍吾を抱きかかえたまま、勇生も、靴を脱いで、川に入っていく。
「つめてぇ…。有加、ついでに、龍吾を、泳がせてみるか。」
勇生のそんな言葉で、有加の表情が変わる。
「駄目や。何、言うとるん。」
そんな言葉を発して、龍吾を、勇生から、奪い取っていた。
「冗談やん、有加。」
「いや、その目は、本気やった。」
そんな会話で、盛り上がる二人。龍吾も、二人の間で笑っている。有加の無理はわかっている。しかし、勇生は、その場を、受け流そうとしている。有加が、無理をしている理由は、わかっている。多分、楽しい旅行を、壊したくないのであろう。有加の中で、迷っている事を口にして、勇生との旅行。龍吾との、初めての旅行を、壊したくないのであろう。八年、共に過ごしてきた、勇生だから、わかる事。そんな有加に、付き合ってやる。これからも、共に、生きていく女性だから…ずっと、一緒に、生きていくのだから…
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