第24話 勇生の戸惑い
勇生の愛車。ホンダ<LIFE>は、<高野龍神スカイライン>を走っていた。約一時間、有加の話が続いている。
「ふ~ん、そうか。」
そんな言葉を口にするが、勇生にとって、信じ固い話。突っ込みを入れたい気持ちを抑えて、有加の話を、最後まで聞いていた。
「そうやんな。おかしいよね、私…」
有加は、勇生の雰囲気に、敏感になり、そんな言葉を口にする。
「ちゃうねん、そういう事と、ちゃうねん。」
他界してしまったおばあが、枕元に出るなら、まだしも、起きている。お日様が、燦燦と、降り注いでいるこんな時間に、有加の目の前に、現れたというのである。信じろというのは、無理な話かもしれない。
…
有加は、自分での目で見た事を、そのまま、話しをした後の、勇生のリアクションに、俯き加減になってしまう。
「有加、信じるとか、信じられんとかとちゃうねん。只、理解するのに、時間が要るなぁと思って…」
「ほら…」
益々、俯いてしまう有加。勇生の云う事もわかる。失っていた記憶を、思い出したという事は理解できる。<おばあ>が、現れて、おばあの意識の中で、失っていた記憶を見てきたというのは、理解しがたい。有加が、こんな嘘など言わない事は、わかっているし、妄想家ではなく、現実主義だと云う事も、知っている。有加が、こんな真剣な表情で、話しをしているのだから、嘘をついているなんて、思っていない。
車内の重たい空気とは違い、車窓から見える景色は、素晴らしいものであった。道の先に、喫茶店というだろうか、こんな山の天辺の道に、ドライブインがあるのかと、思ってしまう。
「有加、ちょっと、休もうや。」
…
有加の返事がない。膨れているのか。とにかく、車を、ドライブインの駐車場に停める勇生。何も言わず、車の外に出ている。有加は、有加で、隆吾を抱きかかえ、勇生の後を着いて行くしか、選択肢がない。仲のいい夫婦が、言葉を交わさず、店の中に入っていく。
紀伊山地のパノラマが見える席に、足を進める。勇生は、有加や龍吾を視界に入れる事無く、只、紀伊の景色だけを見ていた。
有加が注文したコーヒーが、テーブルの上に置かれる。勇生は、コーヒーカップを、口に運んだ。勇生の視界には、紀伊の山が映っている。余計なものがない。遠くの山々が連なって、瞳に映っている。人間の建造物といえば、送電燈と送電線だけであった。その建造物も、とても小さく見える。
<あっ、ここは、山の天辺なんやなぁ。>
ふと、そんな事を思う勇生。すると、頭の中に、色んな言葉が駆け巡った。有加は、どんな気持ちだったのだろう。出会ってから、有加は、自分が<記憶喪失>だという事を、告白したのは、勇生の事を信じての事。今回も、そうなのだろう。他界したおばあが、目の前に出てきたという事は、ともかくとして、有加の記憶が、戻ったという事は、喜ばしい。父親に対しての、有加の勘違いに気づいた事も、喜ばしい事なのである。
<そうやん、別に、過程なんて、どうでもいいやん。有加にとっては、喜ばしい事やん。>
そんな事を思うと、勇生は、振り向いて、有加の顔を見つめる。
…
有加は、突然の事に、瞳が点になっている。勇生は、とびっきりの笑みを浮かべて、テーブルの上のコーヒーカップに手をやる。
「あっ、冷めとるわ…すいません。コーヒー、もう一杯、もらえます。」
そんな言葉を、大きい声で発した。そして、また、有加の事を見つめる。
「有加、すごいな。自然って…どこまでも、山や、無駄なもの、ひとつもないと、思わんか。」
有加は、突然の勇生の変わり様に、どうしていいのかわからないでいた。只、いつもの勇生に、戻っただけなのであるが…
「う、うん。」
「なんやねん、テンション、低いんと、ちゃうか。」
別に、無理をしているわけではない。紀伊の自然が、勇生の中にあったものを、吹き飛ばしていた。
「有加の話しやけど、よかったやん。記憶が、戻ったんやもん。その他の事は、気にせんでええ…」
そんな言葉で、今の自分の気持ちを伝えようとする。
周りの山々の天辺が見える。所々に、薄い雲が、かかっている。そんな紀伊の自然を目にしながら、運ばれてきた温かいコーヒーを、口に運んでいる。勇生は、そんな景色に、見入っていた。この風景を見ていると、自分の中の戸惑いなど、小さく思えてしまう。
「有加、ほんまに、よかったな。お前が、ずっと、悩み、苦しんできた事が、解決したんやから…」
そんな言葉が、自然と出てくると、龍吾が、かわいらしい瞳を、大きく見開く。
ケタ、ケタ、ケタ…
そんな笑い声を上げて、小さな手を動かす。
「ほら、そんな顔やから、龍吾も、心配しとるやろ。」
勇生は、そんな言葉を口にしながら、龍吾に、顔を近づける。
「ねぇ、龍タン、お母さんには、笑っていてほしいよな…」
ちらちらと、有加に、視線を送りながら、そんな言葉を口にする。
有加も、目の前の景色には、感動をしていた。しかし、気持ちが、笑顔をつくらせないでいた。
きゃぁっ、きゃぁ、きゃあ…と笑う、我が息子を見ている。勇生のちょっかいで、笑みを浮かべてみる。
「よし、その顔や、よし、行くで…」
勇生は、有加も笑みを目にして、そんな言葉を発した。立ち上がり、この店を後にする。少しではあるが、有加の気持ちは、晴れたようである。
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