第23話 戻ってきた現実

勇生は、ふらふらと歩いていく有加のあとを、追い駆けていた。現実世界では、時間は、進んでいない。

野原のど真ん中で、膝を付き、手を伸ばして、遠くを見つめている有加の姿が、目の前にある。有加の奇妙な行動に、戸惑っている様子。

「有加、有加、どうしたや。」

恐る恐る、声を掛けるが、返事がない。勇生は、有加の正面に回る。両手を肩に置いた。

「有加、どうしたんや。急に、どないしたん。」

有加が、ふらふらと、歩き出した。何か、呟きながら、何者かに、導かれる様に、足を進ませていた。目の前で起こる、有加の行動に、勇生は、どうしていいのか、わからなくなる。

「有加、聞こえているんやろ。」

勇生は、同様の言葉を、繰り返している。目の前の有加は、どこを見ているのか、わからない状態。勇生を、通り越して、もっと先を見ている。

「有加!」

勇生は、思わず、有加の頬に、手のひらを当ててしまう。意識が、目の前の有加にはないと、思ったのだろう。必死に、名前を口にして、身体を揺すっている。

肩が、ピクリと動き、大きく目を見開く。目の前の勇生が、瞳に映っている。

「エッ、勇生…」

現実と夢の境目に、戸惑っている。

「有加、戻ってきた。」

勇生は、そんな言葉で、表現していた。安堵の表情を、浮かべる勇生に対して、有加は、まだ、戻ってきたのに、気づいていない様子。

「夢、夢を見てたんや。」

おばあの意識の中を、<夢>という言葉で、表現している。戸惑いながらも、冷静で、見つめ返す有加がいた。

「よかった。どうしたのかと、思ったやん。」

身体全体。顔の表情を使って、安堵感を表している勇生。これまでの、有加が見てきている。話をしていた内容が、内容だけに、余計な事。最悪な事まで、頭をよぎっていた。

「あぁ、ごめん、勇ちゃん。私、どうかしてる。」

そんな言葉を発して、車に戻ろうとする。今の今まで、おばあの意識の中にいた。失っていた記憶を、目の辺りにした自分を、別の人間と感じている。他人事のように思い、現実の自分に、戻ろうとしていた。

「有加、まてや。何が、あったねん。ちゃんと、説明せいや。」

当たり前の言葉だろう。そして、愛しい女性の性格は、わかっている。全ての事を、自分で背負い込もうとする有加を、わかっていた。だからこそ、勇生は、そんな言葉を、有加にぶつけてしまう。

「龍吾、一人やん、はよう、行かんと…」

有加は、勇生の言葉を、受け流した。頭が、混乱しているという事もあるのだろう。勇生の言葉を、受け止める余裕がなかった。

「待てや、待てって、ゆうてるやろ。有加。」

勇生は、無視されたように、思ってしまう。怒りが、込み上げてきて、咄嗟に、有加の腕を、強く握っていた。一瞬、動きが止まる有加。

ギロッ!

腕を、強く握る勇生に対して、振り向き、睨んでいた。自分に起きた出来事。おばあの意識の中での事。うまく、言葉に出来ないでいる。只ひとつ、自分に、腹が立っていた。父親、優一を、悪者にした自分に、怒っている。そんな気持ちが、勇生を、睨みつけていた。

「勇ちゃん、ごめん。うまく、言えん。とにかく、車に、戻ろう。」

有加の、勇生を睨む目つきが、穏やかになる。勇生は、今、戦っていると、理解する。有加の中で、何かがぶつかり合いしているのだと、理解した。そして、話をしてくれるという信念が、腕の握りを、弱くさせた。

「そうか、そうやな。車に、戻ろう。」

そんな言葉を発して、有加の方に腕を回し、ゆっくりと、歩き出す。紀伊山地の自然の中、緑と云う空間の中を、ゆったりと歩き出した。


車に戻り、ハンドルを握る勇生。何も言わず、ゆっくりと、走り出した。後部座席には、スヤスヤと、眠りについている龍吾。澄み切った大気の中、寝息をたてている。

「勇ちゃん…」

静かに、そんな言葉を発する有加。車が、一台しか通らない山道を、ゆったりとした速度で、車を走らせる勇生。

「なんや。」

「さっきの事やけど…」

有加の気持ちが、落ち着いていたのか。【夢】の事を、話そうとしている。

「勇ちゃんが、言っていた<記憶の整理>ってやつ。自分の都合の悪い記憶の類は、無意識に、記憶を整理してしまうって、話ね。」

有加は、勇生が言葉にした<記憶の整理>のくだりを、口にした。

「私ね。お父さんの事、悪者にしていた。お父さんを、悪者にする事で、私の記憶を、引き出しの奥に、しまい込んでいたみたい。」

勇生は、車のスピードを落とそうとしない。さっきの野原の出来事。有加の肩に腕を回した時、有加の気持ちに気づいていた。

「そうか、じゃあ、全部、思い出したんやな。失っていた記憶。全部…」

そんな言葉を、表情ひとつ変えず、発していた。

「うん、全部、思い出した。私が、嫌な子供だったって事も…」

有加は、病院のベッドで、無表情のまま、天井を見つめている幼き自分の姿が、頭に浮かんでいた。ベッドの上で寝ている自分が、成長していた理由。あの記憶は、おばあの駄菓子屋の火事。おばあが、父親の優一が、必死になって、助けてくれた後の記憶であった事に気づく。

「有加、つらいなら、はなさんでも、ええで…」

勇生は、有加にとって、つらい記憶であるのは、間違いない。そんな有加に気遣い、そんな言葉を口にする。

「ううん、聞いてほしいの。勇ちゃんには…勇ちゃんには、すべて、話して、おきたいの。」

そんな言葉を口にして、有加は、話しを始める。自分の目で見てきた、全ての事を、勇生に語り始めた。ゆっくりと、言葉を噛み締めて、有加は、勇生に語り始めた。

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