第20話 悪夢再び

ガーン!

幼い有加の部屋に、有加の意識が飛んだ。部屋の明るさが、薄暗く感じる。窓から、見える景色も、真っ暗になっている。幼い有加が眠るベッドの脇で、おばあが、両手を枕にして、居眠りをしている姿が見える。

<戻ったんやね。>

深い溜め息をひとつ、つく有加。さっきの場面から、時計の長針は、何周したのか。ベッドの脇には、食べかけの擂り林檎の色が、変わっている。

空っぽになっているオレンジジュースのグラス。あのまま、二人は、眠ってしまったらしい。胸を撫ぜ下ろす有加が、何かを感じ取って、振り向くと、襖の隙間から、煙が、立ち込めていた。

<エッ、何、煙、何!>

意識の中の有加は、慌てて、襖の向こう側にもすり抜けてみる。瞳に、映ったものは、階段の下の方から、立ち込める煙。

<火事、火事!>

すぐ、襖をすり抜けて、部屋に戻る。宙に浮いたまま、慌てて、おばあを起こそうとするが、もちろん、声も聞こえないし、差し伸べた手も、おばあの身体をすり抜けてしまう。

<おばあ、火事やって、起きてよ。お願いだから…>

部屋を、駆け巡っている。慌て、ふためているのに、目の前の二人は、寝息を立てていた。

時計の秒針が、何周したのだろう。

「ふぅん、寝てもうたか。」

ゆったりとした口調で、目を覚ますおばあに、イライラしてしまう、意識の有加。焦げ臭い匂いに、おかしいと思ったのか、急に、立ち上がり、襖を勢いよく開ける。もくもくと、立ち込める煙に、咄嗟に、襖を閉めてしまうおばあ。

「なんね。なんやっとね。」

現実逃避をしたいのだろう。一瞬、自分が置かれている状況から、逃げようとする。

「ちょっと、待ちや。けむり、煙、見えとったよなぁ。ってことは、火事…大変や、火事や。」

何か、わけのわからない言葉を並べる。おばあの視界には、ベッドの有加の姿が、入っていた。

「あかん、なにやっとんじゃ、わしは…早く、外に、有加を連れて、外に、出な!」

おばあは、自分の中に、気合いを入れる。今の状況を、受け入れた。

「有加、起きんしゃい。早く…」

有加の身体を、揺すってみる。薄く、目を開く有加。

「どうしたと、おばあ…」

目を擦りながら、のん気に、そんな言葉を口にする有加。

「有加、たいへんたい。はやく…」

煙が、襖の隙間から、部屋に入ってくる様子が、視界に入ってくる。

ガタ、ガタ、ガタ…!

有加の身体が、急に、震え出す。五年前の記憶が、甦ってきた。

「おばあ…」

声が震えている有加に対して、振り向き、駆け寄る。

「どうしたとね。有加。どうして、震えとると…」

おばあは、そんな言葉を発しながら、有加の身体を、強く抱きしめる。有加の身体の震えが、尋常ではない。直感で、おばあは、有加の心情を、感じ取った。

「そうか、有加。大丈夫たい、大丈夫や、おばあが、ついとる。」

力強く、心を込めて、身体を覆うように、抱き締める。おばあの気持ちが、伝わったのか、身体の震えが、落ち着いてくる。おばあは、その瞬間を逃さない。

「行くたい。有加、しっかり、掴まっとるとよ。」

べッドのシーツを、有加に掛けると、身体が、宙に持ち上がる。<火事場の馬鹿力>が、有加の身体を持ち上げる。有加を、落とさないように、身体全体に力を込めている。

「有加、シーツで、口を塞いどきんしゃい。」

そんな言葉を発すると、勢いよく、歩き出す。戸惑っているわけにはいかない。二階のこの部屋まで、煙が立ち込めているという事は、一階は、もっとひどい事になっているのが、想像できる。

バタン!

片足で、襖を、力を込めて開ける。躊躇することなく、階段を駆け下りる。おばあの瞳に、炎が上がっている様子が映る。おばあは、咄嗟に、シーツで有加の目を覆う。自然と、おばあの身体に、力が入る。

「有加、心配なか、おばあが、ついとる。」

不安がらない様に、おばあは、そんな言葉を掛けながら、階段を降りていく。一階は、すでに、炎に包まれていた。襲ってくる炎の中、恐れず、突っ込んでいくおばあ。居間から、外に抜けられる。炎に包まれていない場所を見つめた。おばあは、その場所に向かって、足を進ませる。

ガク!

居間に、有加を抱きかかえるおばあの姿が、見えた時、おばあの膝が折れて、沈んでいった。気が抜けたのか、力尽きたのか、膝から、崩れるように、おばあの身体が、傾いていく。

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