第16話 おばあが呼んでいる

「でも、おかしい事あったで…お前の話、<おばあ>って、いうおばあさん、どこにいってもうたん。お前、確かに、おばあと、暮らしていたんやろ。断面的やから、しゃぁないやろうけど、いつの間にか、おばあが、いなくなっているやん。」

そんな勇生の言葉に、有加は、記憶の中にある疑問点を、見つけてしまう。病院のベッドの上で、無表情のまま、天井を見つめている幼き自分の姿。一時停止したまま、先には、進まない。記憶の中に、おかしな所があった。母親が亡くなったのが、有加が、五歳の時である。明らかに、ベッドに寝ている自分は、成長していた。

『エッ、どうなってるん。』

有加が、思わず、心の中で叫ぶ。優一に、抱きかかえられた自分と、ベッドに寝ている自分が、明らかに違っていた。同じ自分であるのは、間違いない。只、成長の度合いが、全く、違うのである。

『お母が、亡くなった時の映像なのに、何で、私、こんなに、大きいの。』

続け様に、そんな言葉を、心の中で、叫んでいる有加。その瞬間、有加の目の前が、真っ白になったかと思うと、後頭部に、ハンマーで、殴られたような衝撃が走る。

『有加ちゃん、有加…』

遠くの方から、そんな言葉が、聞こえてくる。光が弾ける様に、視界が戻ってくる。有加の中で、何かを感じた。

「どうした。有加!」

慌てている勇生の言葉。倒れそうになる有加を、助手席から、身を乗り出し、支えている勇生の姿がある。

『なんば、しとっと。有加ちゃん、こっちにこんね…』

また、遠くの方から、そんな言葉が聞こえてくる。勇生に支えられている有加は、こんな言葉を口にする。

「おばあや、おばあが呼んでいる。」

勇生は、そんな有加の言葉に戸惑ってしまう。有加に、届いている言葉が、勇生には、聞こえていなかった。

「何や、何、言うとんねん。」

有加は、そんな勇生の言葉に、気にも留めず、身を起こし、辺りを見渡した。この場所に、あるはずのないものが、目に飛び込んでくる。

「何で、こんな所に…」

有加の瞳に映ったもの、<おばあの駄菓子屋>。今、頭の中に、はっきりとある記憶。おばあと一緒に暮らしていた、あの古ぼけた家が、目の前に現れた。有加は、吸い寄せられるように、足を進めた。この場所に、あるはずのない、おばあの駄菓子屋に向かって、歩き出した。

「有加、どうしたんや。」

有加は、フラフラと、野原に向かって、歩き出す姿を目にして、そんな言葉を発した。勇生には、見えていなかった。古ぼけた、今にも、崩れそうな、おばあの駄菓子屋が、見えていなかった。

「何で、ここにあるん。こんな所にあるわけないのに…」

有加は、そんな言葉を、自分に問いかけている。否定している。こんな場所にあるはずのないと、否定しているのに、歩みを止めようとしない。店先に座る、おばあの姿が頭に浮かぶ。学校から帰ると、いつも、おばあが、座っていた。

<お帰り、有加。>

そんなおばあの言葉が、幼い有加に、安堵感を与えていた。店先に座り、微笑んでくれるおばあの姿が、頭に浮かんでいる。

<会いたい!おばあに、会いたい。昔にみたいに、おばあに、抱き締めてもらいたい。>

そんな想いが、早足にさせていた。

「おばあ!」

店頭に並んでいる、懐かしいお菓子の数々。その先に、おばあの姿が、有加の瞳に映る。懐かしい空気を感じる。振り子で動く、古い柱時計。<ボォーン、ボォーン>と、低い音が、聞こえてきそうである。

『お帰り、有加。』

子供の頃のまま、そんな言葉で、出迎えてくれたおばあに、言葉が出てこない。涙が、溢れてくる。微笑むおばあの姿に、涙が込み上げてくる。言葉を発しないまま、勢い良く、おばあの胸に飛び込んでいた。

「おぉ、どうしたとね。有加ちゃん。おばあが、倒れてしまうやろ。」

「だって、だって…」

おばあは、よろけながらも、大きくなった有加を、抱きとめる。

「なんね。こんなに大きくなったのに、泣いてるとね。」

有加は、おばあの膝の上に、顔をうずめている。皺くちゃな手のひらで、優しく、泣き崩れている有加の頭を、撫ぜているおばあ。

「おばあ、会いたかったよ。私、おばあに、会いたかった。」

有加は、そんな言葉を口にした。おばあのぬくもりが、有加に、こんな言葉を口にさせていた。

「有加ちゃん、嬉かこと、言ってくれるね。ありがとう。私も、会いたかったとよ。」

有加の頭を撫ぜながら、そんな言葉を発したおばあ。有加の肩を握り、身体を起こそうとする。

二人は、見つめ合う。有加は、ゆっくりと、冷静になっていく。

「おばあ、どうして、ここにいるの。どうして、記憶のおばあは、急に消えているン。」

有加は、記憶の事を、言っているのだろう。おばあと、楽しく暮らす有加の記憶。急に、おばあの姿が、いなくなっていた。

「有加ちゃん、まだ、肝心な事、思い出せんとやねぇ。有加は、優一とそっくりたい。何で、この親子は、何でも、自分で背負い込んで、自分を、追い込むとやろ。真面目というか、馬鹿正直というか、困ったもんやね。本当に…」

有加は、そんなおばあの言葉が、理解できなかった。

「何、何、言うとると、おばあ。」

おばあは、そんな有加の言葉に、笑みを浮かべる。

「有加ちゃんは、優一と、同じやって、言うとると。全ての事ばぁ、真正面から、受け止めて、自分を追い込んでしまっとるんやね。一生懸命になりすぎて、自分を否定し続けて、こんな事になってしまっとよ。わかるね。有加ちゃん。あんたは、一つも、悪い事しとらんとよ。しっかりせんと。」

おばあは、そんな言葉の後、有加の手を握る。

「いいね。これから、有加ちゃんに見せるものが、本当の事ばい。あんたが、誤解している本当の優一の姿ばい。覚悟して、見んさい。」

真剣なおばあの瞳。意味深な言葉に、有加は、どうしていいのか、わからなくなってしまう。

「おばあ、あの…」

「駄目ばい、見んといかんと。有加の為に、見んと、いかんと!」

有加の心を、見透かされていた。たじろく有加に対して、そんな強い言葉を、ぶつけてきたおばあに、何も言えなくなる。

覚悟が、決まったのか、無言のまま、強く、おばあの瞳を見つめ返した有加。

「よし、強い子たい。」

そんな言葉と同時に、強く、有加の手を握り締める。そして、ニコッと、笑みを浮かべた。

「有加、目を閉じて…」

おばあが、言う通り、目を閉じる有加。おばあは、握り締める有加の手のひらを自分の額に当てて、自分も目を閉じた。その瞬間、後頭部に、強い衝撃が走る。頭が、真っ白になり、眩しい強い光に包まれた。ゆっくり、ゆったりと、背景が浮かんでくる。そして、若き優一の姿が、目の前に現れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る