第13話 田園風景の中で・・・
紀伊山地の自然の中。田園風景が、広がる午後。気分良く、ハンドルを握っていた。木々達のトンネルを抜けた時、有加の頭の中に、飛び込んできたもの。幼き自分の記憶。失っていた記憶が、真っ白な背景から、ジグゾーパズルのように、ゆっくりと、ワンピース、ワンピース、埋まりつつあった。幼き自分が、病室らしき場所で、ベッドに寝ている。真っ白な天井を見ている映像が浮かび、一時停止のまま、動かない。天井を、無表情のまま、見つめている映像から、進まないでいた。
「勇生、車、停めてくれる。」
そんな言葉を発する有加も、表情無になっていた。正面の一点だけ、見つめている。
「停めろといえば、停めるけど、どないしたん。車にでも酔ったか。」
そんな言葉を口にしながら、ゆっくりと、ブレーキを踏み込んだ。車を、道脇に停めると、有加の方に視線を向ける。気分良く、ハンドルを握っていた勇生は、何事が起きたのかと、心配になってしまう。
バタっ!
…
有加は、無言のまま、車のドアを開けていた。
「ふ~ん」
ドアを、開きぱなしのままで、車に体重を預けて、思い切り、背伸びをしている。そんな有加の姿を見て、勇生は、助手席に身を乗り出して、有加の事を見上げる。
「どうしたん、大丈夫か、有加。」
さっきまで、機嫌が良かったはずなのに、この時、有加の様子の変化に気づく。
「お前、なんか、おかしいぞ。」
勇生は、続け様に、そんな言葉を口にする。今まで、見た事もない有加の様子に、疑問を感じた。さっきまで、はしゃいでいた同一人物とは、思えないほどの無表情の有加がいる。運転席から、助手席に、身体を移動させて、外に出ようとした時、勇生の耳に、有加のこんな言葉が届く。
「私ね。病院のベッドで寝てるの。白い天井を、ずっと見てる。何でだろう。そして、夢のおばあさんの正体が、誰か、わかったよ。<おばあ>だ。」
「えっ!」
勇生の動きが、止まってしまう。助手席に座ったまま、動けなくなっていた。勇生は、<おばあ>の存在は知らない。当たり前の事である。有加の失っている記憶の中の人物。勇生が、知っているわけがない。しかし、直感で、有加の失っていた記憶。忘れていた記憶を、思い出したという事がわかってしまう。勇生は、有加が、思い出せない記憶のせいで、苦しんでいるのを、知っていた。悩んでいるのを、目にしてきた。
「まさか、有加、お前。」
「うん、思い出した。空白の記憶が、はっきりと、今、私の頭の中にある。」
無表情のまま、勇生に、そんな言葉を発する。
『有加、大丈夫よ。優ちゃんが、お父さんが、助けに来てくれるから…』
京子が、そんな言葉を残して、目を閉じる映像が、浮かんでくる。泣きまくっている幼い有加を、部屋中のものを燃やしている火から守り、煙を吸わないように、有加にタオルを当てて、遠のく意識の中、有加に、そんな言葉を掛けていた。
「私のお母さん、火事で、死んだんや。」
有加の目尻に、涙が溜まっている。不思議と、冷静でいられる自分に驚いている。
「お父が、お母を背負って、私を抱きかかえて、火の中を、煙の中を、歩いている。お父が…」
有加は、静かに、頭の中の記憶を、語り始める。田園が広がる風景。農道の脇に車を停め、春のそよ風が、二人を包んでいる。ゆったりとした空間の中に、甦ってきた記憶を、ゆっくりと、言葉にする。紀伊の大自然の中、春の日差しを浴びて、穏やかな時間が、流れていく。
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