第6話 勇生

「抜けたわ。抜けた…よかった。」

 樹木達の薄暗いトンネルから、抜けた勇生は、有加の様子に気づいていない。薄暗い木々達のトンネルから抜けた瞬間、勇生は、こんな言葉を口にする。有加は、眩しい日差しに、視界が、真っ白になってしまう。

 勇生の視界に、田園風景が広がっている。爽やかな風と一緒に、草花の香りが、車内に入ってくる。有加にも、勇生と、同じ風景が見えている。しかし、見えているだけで、何も、感じられない。失っていた記憶の断面を見つめ、噛み締めている。正直、恐怖を感じていた。それと同時に、恐怖とは違う、別なものが、有加を包み始める。言葉にできない、温かいもの、目を背けてはいけない事を、有加は、感じ取っていた。

 「有加、見てみぃや。さっきの山桜も、よかったけど、こっちも、すごいやん。」

 勇生は、目の前の風景に、見入っていた。(草色)という言葉が、あるかどうかは知らない。草色という言葉が、似合う風景が、広がっていた。田、畑なのだから、人工的な緑ではあるのだろうが、澄み切った空から、燦燦と降り注ぐ太陽の光。自然という雄大な景色の中にある田園風景。この風景も、感動に値するものであろう。


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