第3話 脇道、近道、抜け道…
ゆったりとした速度で、車を走らせていると、前を走っている車に、追いついてしまう。勇生は、アクセルを緩めた。
「勇ちゃん、ほら、同じ車や。ほら、ほら…」
有加の言葉通り、同型のホンダ、life。色も同じ、シルバーの軽自動車であった。
「すごいよ。同じ車だ…」
有加のわけのわからない感動の仕方に、半分、呆れている勇生。はしゃいでいる有加は、民家など、ほとんど見当たらない県道。連れ違う車両など、全くない状態で、同型の車が、前を走っていたからだろうか。
「そら、道やから、車は、走っているやろ。」
「それは、そうやけど…でも、何やろ。ワクワクしてこうへん。数時間前まで、街の中にいたのに、山だよ。山!これって、すごくない。」
大阪市内に、住んでいる二人には、あまり、自動車という乗り物は、必要がなかった。電車もあれば、地下鉄もある。バスだって、走っている。自動車というものがなくても、不便さを、感じていなかった。結婚をして、妊娠をしたと気づいた時、勇生が、急に車を買おうと言い出した。有加には、自動車の必要性がわかなかった。勇生曰く、有加の身体を、心配していたからだと云う。身篭る身体で、大阪の街を、移動させるのが、不安であったのだ。
有加にしては、関西圏内とはいっても、和歌山は、初の遠出ドライブ。子供の様にはしゃぐのも、仕方がない事かもしれない。アウトドアには、縁が遠く。野外活動といった類は、してこなかった。唯一、小学五年生の時の、林間学校ぐらいなものか。舗装されている道とはいっても、周りの景色が全く違っている場所に来て、テンションも上がっているのだろう。
「あっ!」
ワクワクドキドキしている有加が、突然、そんな言葉をあげる。
「なんなんよ。急に、声を上げて…」
勇生は、そんな言葉と一緒に、アクセルを緩める。
「前の車、脇道に入ったよ。」
当たり前の事であろう。同じ道を、走っているとはいっても、目的地が、同じわけではない。勇生は、頭を傾げながら、そんな言葉を、有加に声を掛けようとする。
「停めて、勇ちゃん!」
そんな有加の大きな声が、覆いかぶさってくる。
(キィ・・・!)
急ブレーキとまではいかないが、ブレーキを踏みしめる。こんな事は街中では、出来ない。焦る勇生に対して、有加は、真面目な顔で、見つめてくる。
「脇道、行こう。ねぇ、勇ちゃん!」
道路のど真ん中で、停まっている車。勇生は、点滅ライトをつけて、道の脇に車を寄せる。
「どうした。有加。脇道って…何、ゆうとるんよ。」
順調にいっていたドライブを、止められた。わけのわからない事を口にする有加に、こんな言葉を返す。
「だって、前の車が、行けたって事は、この車も、行けるって事やん。この道で、こんなで、こんなにいい景色なんやから、脇道に入って、山道行けば、もっとすごいかもよ。ねぇ、勇ちゃん。」
勇生も、ハンドルを握りながら、視界に入ってくる自然に、魅入られていた。有加の言葉に、心が動いてしまう。
「そうやな。別に、急ぐ事もないしな。脇道行ってみるか。」
「そうしよう。方角も、一緒やし、大丈夫やって…」
短絡的に、そんな言葉を口にする有加に対して、勇生は、速やかに、地図を手にした。このご時世、カーナビではなく、地図というのも、アナログ的である。勇生は、人差し指の先で、地図の上の道を辿ってみる。
「この道を、きたんやから、多分、この道やろ。この脇道は、この道やろうから…」
地図の道を、目で追って、確かめている。
「よし、いけるやろ。行ってみるか。」
そんな言葉の後、勇生は、前方と後方を確認して、車をUターンさせて、脇道に入っていた。
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