第22話 そしてトーマス

セレナを諦めないと、自分勝手に宣言をしてひと月ほど経った頃に、ローズマリーとエマ嬢のお披露目式があった。



許可が降りないかとも思ったが、式後のお祝いの夜会でのセレナのエスコートの許しが出た。挽回の機会をもらえたようなものだ。ここひと月、セレナも自分も忙しくて、話す機会を作れなかった。二人できちんと話をしたいとも思うが、何より少しでも楽しんでもらいたい。



あの日々から目覚めてみると、改めて、何をしていたんだと思う。やり直せるものならやり直したい人生だが、時は戻るはずもなく。これからまた、行いを積み重ねて行くしかないのだろう。他人の評価も大事だが、前提として、自分自身を律しなければ。



セレナのように。



やっかむのではなく、羨むのではなく。少しでも近付けるように努力をしよう。





そして、お披露目式。


二人の聖女は秀麗だった。ジーク様とハルト様も、愛する者の横に立ち、それぞれに誇らしそうで……幸せそうだ。自分で愚かな事さえやらなければ、今日、同じ気持ちでここに立てていただろうに、俺。……きっと、セレナも。



式は何と、女神様のご降臨を賜るという驚嘆で幕を閉じた。この場に立ち会えて、幸甚だった。



セレナをエスコートする為、エレクト家の座席まで迎えに行くと、俺の贈ったドレスを着たセレナがいた。……麗しく、美しい。着てはくれないかと思っていたので、気分が上を向く。その直後、セドリック様に冷厳な目で釘を刺されて痛かったが……当然の事だ。



セレナは笑顔で付いてきてくれているが、この、微笑みはいわゆる、外用のものだ。……そうだ、何年、セレナの本当の笑顔を見ていないのだろう……。ヤバい、落ち込んできた。いや、自分が悪いのだ。今、しょげている場合ではない。



想定して無くはなかった。が、困った事に会の最中に女性たちに絡まれ、騒ぎになりかけてしまった。ありがたいことに、エトルがフォローしてくれて収まったが。



……エトルには先日、これまでのことを謝られた。セレナへの想いも。何も思わない程に大人になれるわけではないが、立場が逆だったら、と思うと怒れなかった。何より、乗せられたにしても、選んで動いたのは自分だしな。



きっと、心配して見ていてくれたのだろう。悔しいが、格好良くなった幼馴染みの背中を見送る。



そしてセレナに謝ると、今更だと言われる。ぐうの音も出ない。が、視線がこれ以上集まるのも困るので、セレナをバルコニーに誘う。彼女も状況を認識して、素直に付いてきてくれた。



こんな状況でも、俺の心配をしてくれるセレナに、つい甘えそうになるが、すぐに現実に引き戻される。



「……その度に、トーマスは私より他の子の方が好きなように言われて」


「だから、それはない!言ってもいない!!」


「言ってなくとも、誤解を招く言動をしたのは貴方でしょう!!何度も、何度も注意したじゃない……」



セレナが途中で泣き出してしまう。しまう、じゃないだろ、何してんだ俺。セレナは焼きもちを焼かないとか、そんなんじゃない。……ずっと、我慢していてくれたのだ。分かっているつもりで、分かっていなかった。



『はずかしいから、みんなにはナイショよ?セレナは前から、優しいトーマスが大すき。おうちとか、魔法とかじゃなくて、トーマスといっしょがいいの』



恥ずかしがり屋で完璧な婚約者の、何を見ていた。



「セレナ。……俺が悪い。ごめん。ごめん……」



必要ないと言われても、謝ることしかできない。情けない。思わず抱きしめた胸を、そっと押されてしまう。



情けないけど、みっともないけど、セレナが嫌いになれないと言ってくれたことに縋るしかない。



もちろん、仕事をいくらでもしてもいい。協力だってする。セレナがまた俺を好きになってくれて、結婚してもいいと言ってくれるまで、いつまででも待つよ。



もう、自分に負けない。何と言われても、唯一の傍にいる。



「……私が、どうしてもトーマスに気持ちが完全に戻らなかったり、他に好きな人が出来たらどうするの?」



……その問い掛けには、小声でようやく返すことしかできなかったけど。共にいられる努力は、もう惜しまない。



最後は諦めたように、セレナは婚約続行を承諾してくれた。そこには、久しぶりに見た彼女の素の笑顔があった。仕方がないわね、の笑顔だったけれど、昔に戻れたようでとても嬉しかった。



二度とこの笑顔を失いたくはない。



ここから、正念場だ。すべてを、勉強し直そう。



『殿下たちみたいに、ずっとずっとなかよくしようね!』



そして、あの時の約束を守らせてくれ。




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  ・



「花嫁衣装のセレナがすっっっっごく可愛くて、すっっっっごく好きなのは分かるけど、顔、緩すぎ」


と、幼馴染みの王太子妃に突っ込まれ、その義妹の聖女に真顔で頷かれるまで10年かかったが。



その10年を引っ括めて、幸せだ。



俺の優しい女神に、永遠の愛を。

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