第18話 聖女様のお披露目式

「セレナ。ちょっといい?」


今は寮の自室。エマがノックをしてきた。


「いいわよ。今、開けるわね」


「ありがとう。さっそくだけど、今度の週末お休みの時、エレクト領にお邪魔できる?」


「ええ、多分大丈夫。と、言うより、エマの頼みなら、皆何とかするわ」


「嬉しい!けど、無茶は通さないでね~?」


「ふふ。ええ。……お米、進展があったの?」


「そうなの!ボートー家とマーシル家が、それぞれ違う品種の苗を見つけてくれて」


「それは楽しみね!土壌研究、頑張りましょう!」


「うん!よろしくね!」


お邪魔しました~!と、エマは自室に帰って行った。



ルピナスシリーズは順調に進んでいる。エマとの土壌研究は、難しいけど、楽しい。博学なエマによると、お米は美容品にも使えるらしく、食べるのも楽しみだけれど、そちらの研究も進めたい所だ。



卒業後の(まだ二年弱あるが)進む道も見えているし、やりがいもあって有り難くて、順調なんだけど。



ふぅ。と息を吐いてしまう。



「もうすぐ、ローズとエマのお披露目式……。その後のパーティーは……婚約解消していないから、トーマスと出席よね……」


正直、気が重い。二人の晴れの日だ。もちろん盛大にお祝いしたい気持ちが大きい。けど、憂鬱だ。



しかも、今回はドレスまで贈られてきた。……いいのに。


着ないでいくべきかどうかも悩み中。でもそれだと、明らかに拒絶しすぎ?…いえいえ、解消しようと思っているのだから、いいのよね!……でも、がっかりするかしら……。って、だから、いいのよ!がっかりさせて!



「思考が疲れるわ。止めましょう」



まだ少し時間がある。後回しにしてしまおう。




ーーーなどとやっているうちに、あっという間にお披露目式当日。



ローズとエマのお揃いのドレスはとても可憐で、隣にいらっしゃる殿下たちも幸せそうで。この世の幸福をぎゅっと詰め込んだような光景だった。二人のお披露目魔法も鮮麗で、宵月と天日が融け合って混じりあって、初めて見る美しさだ。国中を包んだそれは、治癒の奇跡の力も含まれており、観衆が驚喜に沸いた。



しかも最後に女神様のご光臨まで賜った。二人とジーク様が拝謁されたと聞いていたので、疑心を持っていた訳ではないが、やはり直接にお言葉を聞くと更に信心が増す。


グリーク王国は、暫く安泰だろう。



夢のようなお披露目式は、こうして幕を閉じた。




そして、余韻に浸る間もなく……いえ、私以外は浸っていますわね。引き続き、御祝いのパーティーだ。


貴族は全員参加で、王城で開かれる。



……結局私は、トーマスから贈られたドレスを着ています……。腹が立つ程に私に似合うようにデザインされていて、母と侍女に強く勧められて、折れた。トーマスと私の色味はどのみち似ているのだから構わないじゃないと。確かにそうなんだけれど。



……喜ばすのが、何だか癪なのよね。とか考えてしまう。……そもそも、喜ぶかも分からないけど。ああ、心が荒んで来ている。魔力の質が変わってしまったらどうしましょう。



「セレナ!迎えに来た。一緒に会場に行こう」


トーマスが私の観覧席まで迎えに来て、私に声をかけ、家族に深くお辞儀をする。お披露目式は家ごとに席が設けられていたので、皆揃っている。


「エレクト侯爵。セレナ嬢のエスコートの許可を下さり、ありがとうございます」


「まあ、まだ一応婚約者だからな」


「……はい」


トーマスはまだお辞儀したままだ。


「さあ、もう頭をおあげなさいな。素敵なドレスをありがとう、トーマス君。どう?セレナ」


母がたおやかに言い、トーマスは顔を上げて私を見て、幸せそうに目を細める。


「……とてもお似合いです。清流の女神のようだ」


……そんな事を言えるようになったのね。余計な事を考えてしまう。


「その女神に不敬を働いたのはどいつだ?」


兄が不快感を隠さずに言う。


「……私です。申し開きもございません」


「セドリック」


「承知しております。父上の許可したこと、私に否やはございません。…ございませんが、釈然としないのも私の本当の気持ちです」


「お兄様……」


優しいけど、今まで少し距離を感じていたお兄様。この一件以来、兄心を隠さずに出してくれて、こそばゆいけど、嬉しい。



「セドリック様の心配もごもっともです。信頼を裏切ったのは私です。勝手を申し上げておりますが、信頼を取り戻せるよう、努力致しますので」


「……私に決定権はないからね。セレナが嫌がらずに許すなら頑張るといいよ。……それに、またセレナを傷つけたら、さすがに許せないよ?兄として。それは覚えておいてね?」


「はい!」


何だかお父様よりも釘を刺している。お父様は苦笑いだ。



そして私は、どうしたいのだろう。



「セレナ。トーマス君。そろそろ会場に向かった方がいいわ」


母が少し硬直した時間を緩めて声をかける。


「……ありがとうございます。セレナ、行ける?」


「……はい」


キッパリと拒絶もできずに、ここまで来たのも私だ。


今日はローズとエマのお祝いの日。気持ちの整理はついていないけれど、厄介事は避けなくては。


「参りましょう」


私は淑女の笑顔をトーマスに向けた。

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