第12話 幼馴染みのやり直し
昨日は結局逸る気持ちを抑えきれず、自宅には泊まらずに晩餐のあと寮に戻り、リーゼ達に声をかけて軽く話を聞いてもらった。皆、興味津々だ。彼女たちも、エマ様と話をしたいのだろう。皆も前を向くきっかけになるといいと思う。
そして、次の日。
「おはようございます、エマ様」
朝、真っ先にエマ様に声をかける。
「セレナ様!おはようございます。昨日はありがとうございました」
私たちの挨拶に、クラスが少しざわざわする。
「ふふ、こちらこそ。…今朝も熱烈ですわね?」
後半をこそっと耳打ちする。エマ様は、今日もハルト様がエスコートしてきた。……すごい牽制よね。
「か、からかわないで下さい!」
小声で反論してくるエマ様。今日も。
「ごめんなさいね。可愛らしくて、つい」
ちょっかいを出したくなる、ハルト様の気持ちが解るわ。心配なのも。
私達の笑顔でのやり取りに、驚きと安堵のような空気が流れる。
「…皆様とも、昨日のうちにお話しましたの。皆様とても興味をお持ちになって。エマ様のご都合がよろしい時に、またお茶会を開いてもいいかしら?」
「まあ、是非!」
嬉しそうにしてくれて、私も嬉しい。
「ありがとうございます。では後程、予定をお聞かせ願えますか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
楽しみだわ。
今朝も感じる、トーマスの視線は、気付かないフリを続行だ。
◇◇◇
そして、それは今日の二限時に起こった。
剣術、魔術訓練の授業中に、一人の生徒が魔力を暴走させてしまう。リック=カートン伯爵令息。火魔法持ちの彼から、たくさんの火球が飛んでくる。
「エリアシールド!」
冷静な鋭い声が響く。エマ様だ。
彼女は、この場にいる全員に光の防御壁をつけてくれる。光の結界が、全ての火を弾く。……この広範囲の全員に、すごい。そして。
「ローズ、お願い、リック様を鎮めて!きっとできる!」
「はっ、分かったわ、やってみる!」
自分を焼き切ってしまいそうな彼を鎮めるよう、ローズ様に指示をする。この、親しさは。やはり、何かあったのだ。
ローズ様が両手を広げる。その手から、美しいオーロラの夜のような魔力が出現し、暴走している彼を包み込んだ。虹とは異なるが、とても休まるようなオーロラの美しい輝きだ。きっと、これが。この、聖女のような魔力が。
10秒くらいは経っただろうか。火柱は収まり、暴走させた本人が地面に倒れ込む。…のを、ローズ様の魔力がそっと包む。
「できた……!」
「さすがローズ!後は私が!」
エマ様はすかさず彼の元に行く。そして、すぐさまヒールを施す。治癒の光が彼を包み込む。何て強くて、美しい光。思わず見とれてしまう。少しすると、遠巻きにも爛れて見えていた彼の皮膚は元に戻り、浅くなっていた呼吸も落ち着いて来た。
「良かった……」
ほっとしたのか、エマ様はそう呟いた後に倒れ込む。スレン先生がすごい勢いで駆け寄る。
「エマ!!」
「スレン、ともかくエマを保健室へ!後の収拾は私が」
カーラ先生が、そう声を掛け、スレン先生は頷いてエマ様を抱き上げて早足で保健室へと向かう。
ローズ様はそれを心配そうに見ていた。
ローズ様の先程の魔法と、エマ様が倒れた事で、クラスメートもざわざわと浮き足立ち始めている。……いろいろと悟った者もいるだろうが、まだ、正式発表前だ。
「ローズマリー様、畏れながら先ほどの魔法は、先日ラインハルト様が仰っていた慶事ごとと関係がおありですわね?」
ローズ様に駆け寄り、耳打ちする。ローズ様は一瞬躊躇したものの、頷いた。
「でしたら、皆様のことは私にお任せを。大きくならないように対処致します。ローズマリー様はエマ様に付いていて差し上げて下さい」
「ありがとう!セレナ様」
とても安心したような笑顔。初めて見るような気がする。
「さて、と。ですわね」
保健室へ向かうローズ様を見送り、クラスメート達へ向かい合う。
「全員、こちらへ集合!」
カーラ先生が集合をかける。さすがのAクラスもざわざわしている。
「皆様!!集合ですわよ。それぞれに思う所はおありでしょうが、授業中です。……国の将来を担いたい皆様でしょう?きちんと致しましょう」
私は、侯爵令嬢の笑顔で呼び掛ける。皆、はっとして静かに集まり始める。
ええ、これがAクラスよね。
慶事の正式発表は、楽しみに待ちましょうね。
◇◇◇
「セレナ様」
「ローズマリー様!エマ様はどうですか?」
ローズ様は三限の途中に教室に戻って来た。そして、今は休み時間になり、私に声を掛けて来た。
「ええ、大丈夫そうよ。夕べ頑張りすぎて寝不足だったのですって。サーラ先生も問題ないだろうって仰っていたわ。今は寝てる」
「良かった!」
私の言葉に、ローズ様も笑顔を浮かべる。
「セレナ様…少し、お時間よろしいかしら」
「?はい」
私はローズ様に促されるように、廊下に出る。少し人気のない場所まで歩く。
「こんな所まで、ごめんなさい」
ローズ様が申し訳なさそうに言う。
「構いませんわ。……何か、おありになったのですか?」
「いいえ、少しセレナ様とお話をしたくて」
「私、と……?」
「ええ。まずは先程の事、ありがとうございました。エマの様子も見に行けましたし……何より、クラスの皆を落ち着かせて頂けて。本当に助かりました」
「いえ、些末な事です」
まだ、細かくは触れないでおこう。
ローズ様は、微笑んで私を見る。
「……それと、貴女に謝りたくて。今まで私、セレナ様に幼馴染みらしいことを何一つして差し上げられなかった。リーゼ様にも、言えることですが」
先程までの優しい笑顔に影が差す。
「トーマス達のこと。ああなる前に動けなくてごめんなさい。……何より、貴女たちに寄り添うこともできずに……」
そう言って、目線を下げるローズ様。
この国の、王妃様に次ぐ高貴な女性が、私に……私達に、謝っている。
「そんな、ローズ様のせいでは」
「……私が介入したからと言って、もっと上手く解決したとも思えないし、本当に今更なのだけれど。……もっと、もっと貴女たちと、沢山お話が出来ていたらと思うのよ」
泣き顔のような笑顔で話される。……ああ、心配してくれていたのだ。
いつも凛としていて、仲良くしてくれていても、どこかに線を感じていて「様」を取っては呼べなかった人。
そんな人が、歩み寄ってくれている。
「ありがとうございます。ローズ様に心配していただけただけでも幸せですわ」
私も笑顔を返す。
「…………」
ローズ様?なぜ無言?
と思っていると、ローズ様が意を決したように顔を上げた。
「で、でねっ、わっ、私達、エマよりもお付き合いは長いでしょう?彼らも生徒会で一緒でしたから、ローズマリーと呼びますし、セレナさ…セ、レナも、私をローズと呼んでもらっても……って、思うのだけれど……」
顔を真っ赤にしながら必死に話すローズさ…ローズ。何かしら、可愛すぎますわ。ジーク様に怒られそうですわ。
「ふふっ、ありがとう、ローズ。素敵な幼馴染みがいて、私は幸せ者ね」
私の言葉に、喜びいっぱいの笑顔になるローズ。今日は、彼女の初めての顔がたくさん見られる日だ。
また、嬉しい一日になりそう。
そして、ローズの公務の忙しさが落ち着いたら、ゆっくりお茶会をしましょうと約束をして、私達は教室に戻った。
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