第11話 ようやくの第一歩

「では、リーゼ様たちには、私から話しておきますわ。……早速、父とも相談したいので、失礼ですが先にお暇しますね」


私は立ち上がって礼をし、出口に向かう。


エマ様は、まだ泣き笑いの顔で「はい、ありがとうございます」と言う。可愛らしくて、愛でていたい気持ちもあるけれど。



こうなると、じっとしていられない。今日中に父を捕まえて、話をしたい。それに。


「ではセレナ嬢、送ろう」


ハルト様が追って隣に来てくれるが、それをそっと手で制す。


「侍女を呼びますので、お構い無く。……それより、ハルト様。貸し、ですわよ?」


そう、それに、この抜け目も可愛げもない幼馴染みの、数少ない弱点を握れ……ではなく、応援をしてあげないとね。


ハルト様は一瞬目を見開いたが、すぐに顔を綻ばせた。そうしていると、年相応に見えるわ。


「ありがとう、セレナ嬢。では、お言葉に甘えて」


頑張ってね、と、私は笑顔を返して部屋を後にする。




学園から侯爵邸は遠くない。馬車で30分ほどだ。すぐに寮に帰って、外泊届けを出して、馬車を借りれば晩餐前には着く。王城で働く父にも手紙を届けておこう。



「目標があると、動くことが苦にならないわね」



まずは父の説得だ。頑張ろう。



◇◇◇



「セレナがわざわざ手紙を届けて来たから、驚いたよ」


「お忙しい所をお呼び立てして、申し訳ありません。ありがとうございます」


「気にするな。セレナにしては珍しいことだしな。可愛い娘の顔も見られて、嬉しいよ」


父は手紙でお願いした通り、晩餐時には帰って来てくれた。



「それに、お兄様まで。どうされたのですか」


セドリック=エレクト。5歳離れている兄は、財務省の職員だ。いずれ、父の後を継ぐように勉強中。普段は王城内の職員寮にいるのだ。



「いや、何やら家が関わる話なんだろ?……お前も心配だし、私も話を聞いておこうと思ったんだ」


「お兄様……。ありがとうございます」


歳が離れているから、あまり遊んだ記憶はないけれど。


垣間見えた兄心が嬉しい。



「では、私のお願い……いえ、決意を聞いて下さい」



私も、私の道を行くのだ。





「……以上ですわ。私、エマ様と共にありたいです」


少しの沈黙。


「でもセレナ、そうすると婚約は……」


兄が口を開く。


「私としましては、解消したく存じます」


「だよな……アレだし」


「セド!」


母が窘めるように言う。


「だって母様、あれはひどいと思わない?……いい加減、馬鹿にしてるよ」


「それは……」



「そこまでだ」


父の一声で全員黙る。


「セレナ」


「っ、はい!」


「……実はな、今日、私も陛下からそのお話を伺ったのだ」


「えっ?」


確かに陛下も賛成しているとは言っていたけれど、動きが早いわ。


「まだ、宰相と財務大臣の私にだけ、だ。税収の相談もあるからな。…セド、まだ他言無用だ」


「承知しております」


「しかしそうか、セレナに、我が家に声を……」



父はテーブルに手を組んで置き、目を閉じて上を向く。



「……やってみなさい。我が家も、出来る限り協力をしよう」


「お父様!ありがとうございます!」


「だが、トーマス君との話は追い追いだ。いいね」


「……はい」


一先ずの前進だ。仕方ない。


「えぇ!解消しちゃえば?同じ侯爵家なんだし」


「セド。口が過ぎるぞ。だからこそ、だ。……まあ、なんだ、気持ちは解るが」



……えっ?!


お兄様と私が、目が点になる。


「えっ、だって、お父様……」


「当たり前だろう!うちの可愛い娘を何だと思ってんだ!!ハンクスにも何度も言ってんだぞ!!」


ハンクスとは、トーマスの父上です。


「なのにあの野郎……何が若気の至りだ。全部それで済んでたまるか」


お父様、言葉使いが侯爵のそれではなくなってますわ。


……でも、嬉しい。



「何だよ、父様。そんなならもっと早くに動けば良かったじゃん」


「じゃん、じゃないわ!!お前、言葉が砕けすぎだぞ、最近!」


はい、今のお父様が言っても説得力皆無です。


「……そうもいかんだろうが!まだまだ、貴族の世界は女性の傷に厳しいのだから」


「……お父様」


やだ、また泣きそう。今日は涙腺が緩みすぎだわ。


「いつぞやも、済まなかった。でも、あの時は他の道が見えなかったのだ。……言い訳に聞こえるだろうが……セレナ、お前の能力と才能は優秀すぎるほど優秀なのは理解していた。それを発揮できるであろう道が拓けて、嬉しいよ」


「いいえ、いいえ、お父様……言い訳などと……ありがとう、ございます……」


駄目。涙が溢れてしまう。


「……婚約も、悪いようにはしない。約束する」


お父様に頭を撫でられる。子どもの頃以来で、こそばゆい。私は、ただただ、頷く。


「セレナ。私からもごめんなさい。同じ女性として歯痒く思っていたのに……」


母も抱きしめてくれる。


「お母様……」


「セレナ。母を責めないでやっておくれ。私が……何とかするからと諌めていたのだ」


「そう、なのですか……」


ああ、苦しんでいたのは私だけでは無かったのだ。


「お父様、お母様、お兄様……ありがとうございます……」


気持ちに余裕が無くなると、視野が狭窄になってしまうことが身に染みた。これからは、そうならないようにしなくては。



「私、幸せ者ですね。これからも、頑張りますわ」



今日は、なんて幸せな一日なのかしら。


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