第10話 明日へのお茶会2
「兄上、トーマス、エトルと、ローズ義姉さん、セレナ嬢はいわゆる高位貴族の幼なじみだよ。俺も途中で混ぜてもらってるけど」
ハルト様が、状況があまり飲み込めていないであろうエマ様に、説明してくれた。
私は話を引き継ぐ形で続ける。
「そうなの。勿論、皆さん大切な幼馴染みなのだけれど……」
そう。大切な幼馴染み。……それは、変わらない。
「…全員で顔を合わせたのは、私たちが6歳になってからだったわ。ジークフリート殿下は1つ上ですけれど…ローズ様とジーク様の婚約は既に決まっておりましたので、私はトーマスとの流れになりましたの。そして、お父様が魔法省長官のエトルは、伯爵令嬢で希少な光魔法持ちのリーゼ様がお相手になったわ」
まだ貴族の伝統的なことは勉強中です、とのエマ様に、早めの魔力測定や、家庭教師の話をする。
エマ様は、なるほど、と、真剣に聞いてくれる。
「子どもの頃は…そうね、その頃が一番婚約者らしかったかもしれない。しっかり、ちゃんと初恋だったかも、とも思うわ」
「セレナ様……」
「それが、お茶会の機会が増え、ジーク様の側近候補になると彼の周りに男性も女性も集まる人が増えてきて。私との時間が段々と減ってきたの」
それでも、婚約が決まった時のあの言葉を信じて頑張って来た。
「そして側近候補になった他の三人と過ごすことが増えると、ますます顕著に……ライバルでもありますから、張り合うようにもなっていて…学園に入る頃にはもう、あのような仕上がりになっておりました」
「もちろん、その度に何度も諫めたのです。でも、すればするほどに離れて行かれて」
「仕舞いには、私とはどうせ結婚するのだから放って置くようにと言う始末です。…ライバルがいたお陰と言うべきか、学業はおろそかにはなりませんでしたが、仲間が出来た分、罪悪感も減っているようにも感じましたわ」
エマ様が親身に聞いてくれているのが分かる。つい、堰を切ったように話してしまう。
そして、次の言葉を言った時だった。
「もう、初恋も何も分からなくなって来て……家族に婚約を考え直せないか相談しても、一時期だけだと私が諭されてしまい…結婚すれば、落ち着くと」
「は?!何を言っていらっしゃる?!」
エマ様が聞いた事のない大声で、私の話を遮る。びっくりです。彼女は、更に続けて。
「浮気性なんて、結婚したから直るとかはめーーーったにないですよ!!調子に乗るだけです!もうしないと約束しても、何をしても繰り返す……!相手がいつまでも自分を好きだと思い込んで、好き勝手するんですよ!!もう、クセです、クセ!」
「……エ、エマ嬢……?」
エマ様のあまりの迫力に、ハルト様が声をかける。不思議と真に迫っていて、説得力があるものね。さすがのハルト様も驚くのは分かります。
「…………と、母が申しておりました……」
我に返った様に、いつものエマ様に戻る。
「まあ、お母様もご苦労されたのね」
そうなのですね。いずれ、お話をさせていただきたいわ。
「…その後父に会って、幸せになったようですが」
それは嬉しいわ、良かった。
……でも、私は。
「でも、そうね。…本人の気性で、直らないのかもしれない。けれど、私にも彼を引き留める魅力が無かったのだろうとも思うのよ。ジーク様とローズ様はずっと変わらずに仲睦まじいのだもの」
「セレナ様……」
「情けないわよね、ごめんなさい。でも、彼がエマ様に惹かれるのは理解できてしまって。私が前に出ると騒ぎが大きくなる心配もありましたし…でも本音を言うと、もう、疲れてしまって。彼が聖女様と結ばれるのなら、それは国としても悪いことでもないし。エマ様が良ければいいかしら、とも考えてしまったり……。
エマ様は、終始困っていらしたのにごめんなさい。先程は、ああ言ったけれど……きっと私、自分に自信が無かったのでしょうね」
つい、自嘲気味に笑ってしまう。
…少しの間。すると。
「じ、自信が無いって、何ですか!先程、ご自分でもあのバカには勿体ないと仰っていたじゃないですか!」
エマ様が泣きそうな声で叫ぶ。また、驚いてしまう。
私に、いいえ、私だけではなく、きっとこの状況に、かしら。怒ってくれている。
「そうですよ、勿体ないですよ!他の、リーゼ様たちもです!嫌な思いをしていただろうに、皆さん私にお優しかった!授業で一緒になった時も、変わらずに接して下さって、」
「……当たり前のことですわ、エマ様。貴女のせいではないもの」
それは当然のこと。むしろエマ様こそ、私達にひけらかすような行動は全くなさらなかった。
必要以上に心配な仕草も見せず、普通に、普通に接してくれた。
「それを当然にと出来ることが、どれだけ難しいと思っているのですか!ずっと、あんな綺麗な魔力を持ち続けていられて…真っ直ぐに……もう、悔しいっっ!!彼らはずっと当たり前のように傍にいてもらえて、有り難さに気づけていない、大バカ者ですよ!」
……エマ様。私、嬉しくて泣きそうです。
「私にフラついたのも、きっと物珍しさもあってです。皆さんに勝っているものなど、私は持ち合わせておりません。…もうほんとに、私が皆さんをお嫁に欲しいくらいですからね!」
勢いが余ったのか、怒りすぎて支離滅裂になったのか、エマ様が後半におかしなことを言い出した。あらやだ私ったら、聖女様がそんなことないわね(ある)。
でも、とっても、とっても嬉しいことを言われた。
「ふ、ふふっ、もう、そんなに怒ってくれてありがとう。…でも、聖女を物珍しい表現はいかがなものかと思うけれど」
私の言葉に、少し不服そうなエマ様。……本当に素敵な方。
「ふふっ、でも私もエマ様のお嫁さんになりたいわ」
「是非!」
食い気味に言われる。嬉しい。
「なに是非とか言ってるの。エマ嬢は俺が口説いてるでしょー」
今まで黙っていたラインハルト様が慌てて参戦する。
「ふふふ、ハルト様、ライバルですわね!」
こんなに楽しいのは久し振り。
「セレナ嬢まで……」
「冗談ですわ」
「エマ嬢、がっかりしないの」
あら、がっかりしてくれるのね。
「ありがとう、元気づけてくれて。そうですわね、このままでいても仕方ないわ。……私、この婚約をどうするのかも、エマ様の目指すもののお手伝いをすることも、きちんと考えるわ。合わせて父と相談してみます。私も、自分の道を進みたい」
ようやく。……ようやく前を向けた気がする。視界が開けるとは、こういうことなのかと思う。
「セレナ様!」
エマ様が喜色満面で言う。……ありがとう。
あ……、でも、そういえば。
「でも、エマ様。私が話に乗らず、エマ様のアイデアを横取りして侯爵家我が家が事業を始めることとか、考えませんでしたの?」
こんな、画期的なこと。秘密裏で、とは思わないのだろうか。
「え?そうですね、考えなかったですね。だって、セレナ様清らかですもの。でももし、お家で事業を起こしていただけるのなら、それはそれで大歓迎です!誰もやっていないので私がと思っていますけれど、どなたかいれば、やっていただけると!皆で楽しく暮らせたらというだけなので、自分が全てをとは拘っておりません」
事も無げに言う。……本当に、本気なのね。
後ろでまた、ハルト様が笑いを堪えているけれど。愛おしくて仕方がない様な目をしている。
あの、何事にも興味がなかったようなハルト様が。この素敵な人の為に。お節介のように自ら動いて。……そう、初めて、唯一と言える人を見つけたのですね。……良かった。
彼が本気なら。その辺の中途半端な方々は、敵わないでしょうね。
「あはははは!もうダメ、大きな声になってしまうわ!もう、やっぱりエマ様は聖女よ!私、大好きです!」
力一杯抱きしめる。……ありがとう、ありがとう。
「……あら、エマ様、泣いてるの?」
「……だあっでぇ……う、嬉しくて……」
可愛すぎるでしょ!
「私も、嬉しいわ」
朝の疲労感いっぱいの気持ちは、すっかりと吹き飛んで。
新しい気持ちのいい風が、私の心に吹いていた。
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