第5話 最初の一歩

「お父様、トーマスとの婚約を考え直すことはできませんか?」


普段は忙しい財務大臣の父が久しぶりに晩餐にいる日、私は侯爵邸に帰ってきていた。そして、父に思い切って話を切り出した。



『どうせ最後はセレナと結婚するんだから、今は何をしてたっていいだろ!家に迷惑をかける事まではしていない!!』



先日、今までよりも踏み込んだ諫言をしたら、言われた言葉。


それから、私達の距離はさらに広がってしまった。


……だってあまりにも、目についたのだ。トーマスもエトルもアレンもビルも。婚約者わたしたちにひけらかすかのように。


四人で張り合うのは勝手だけれど、違うでしょう?


おかしいでしょう?



そう思って、あれこれ全てを伝えてみたら、そんなことを言われてしまった。そして、少し避けられ気味だ。



もう、私でなくていいのでは、と思う。



……やっぱり、初恋って、成就しないのね。あの言葉、嬉しかったのに。



「……セレナ。お前とトーマス君の結婚は、いわゆる政略だ」


「……はい。存じております」


宰相と財務大臣の。上位貴族を纏めるための婚姻。


「それを解消したいと?」


「はい」


「そもそも、二人は仲良く見えていたが」


「……昔のことですわ」


父が、フム、と一拍置く。



「……トーマス君の人間関係か?」


お父様が、メインの鶏肉にナイフを入れながら、事も無げに言ってきた。


「……ご存知でしたか」


私もメインをいただく。


「ああ。……だが」


父の言葉に、私は顔を上げる。


「まだ学生だろう?今は楽しみで周りが見えておらぬだけだ」


「……将来の宰相が、周りが見えなくなるのは困ります」


「そうだが。まだ大目に見てやれ。……一線は越えておらぬようであるし。今だけだ」


「……っ、お父様、」


「今から婚約を解消して、何をする?お前は充分優秀だが、トーマス君との結婚以外に、出来ることがあるのか?傷物になってまで」


……傷物呼ばわりは不本意だけど、確かに私が一人で出来ることなんて、ない。


悔しくて下を向く。



母は気遣わし気に見ているが、私達の味方はしない。仕方ない。まだ女性なんて、そんな扱いがほとんどだもの。



でも、何故女性が我慢しないといけないの。若気の至りなんて、本来お互い様じゃない?



リーゼも、ソフィアも、シャロンも、蔑ろにされてもいい女性ではないわ。




「……悔しいなあ」



晩餐後の自室で、一人言る。



そんな時に、彼女との出会いがあったのだ。

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