第4話 トーマスの回顧録 その2
10歳になると、ジークフリート殿下の側近候補として、アレン=ビートス伯爵令息と、ビル=マーク子爵令息が仲間に加わった。ビートス伯爵は騎士団長を務めておられるし、マーク家は子爵だが、国一番の商会を持っている。そしてその令息の彼らも、家格に恥じぬ優秀さだ。
更に、ラインハルト殿下も顔を出すようになってきた。
本当に扱い難い方だが、節々に鋭さを感じる、一筋縄ではいかない印象のある人だった。……この印象が、後々大正解だったと気づく訳だけど。
貴族の子どもたちは、平民より早めに魔力測定をすることが多い。10歳くらいからは魔法を使うことの危険が減るので、その頃には個人的に(教会にお布施をして)測定してもらい、家庭教師をつけて基礎を学ぶのだ。
……が、俺は、この仲間内の中で、一番魔力量が低かった。殿下たちはもちろん、ローズマリーもさすがの公爵令嬢。そして何と、引き続いてはセレナだった。
言い訳をするようだが、俺も少ない訳ではない。寧ろ、平均よりは結構多い。でも、この中では一番低いのだ。
現在は有事ではないし、そもそもグリーク王国は魔力第一主義の国ではない。俺も目指しているのは宰相であるし、魔力よりも他に必要なものの方が多いのも理解している。……例えば、人脈、とか。リーダーシップとか、判断力であるとか、だ。たが、俺の中には焦りのような、何かが更に燻り始めていた。
『セレナかわいいし、何でもできるもんね。トーマスもがんばらないとね』
8歳の頃の、エトルのあの言葉が頭に響く。
「セレナ、すごいわ!」
リーゼが興奮気味にセレナに言う。
「みんなも変わらないくらいじゃない。それより、リーゼの光魔法!すごいわ」
「ありがとう、セレナ。……ほっとしたわ」
安堵が滲む笑顔のリーゼ。
そう、何かとリーゼをセレナと比べたエトル。リーゼも、あの頃から思うところがあったろうな。
「……やるなあ、セレナ。俺より魔力量あるとか」
「そうだな」
俺は、悔しさ半分、ざまあ半分で、エトルに答えた。
「でも、トーマスよりはあるし?」
勝ち誇った顔で言われる。
「……魔力量だけが全てじゃないだろう。宰相には、他の能力の方が重要だ」
「例えば?」
「人脈だとか、リーダーシップだとか……」
「じゃあ、さっそく、人脈作りを始めようか!」
満面の笑顔で、ビルが会話に入って来た。
「さっそくって」
俺は怪訝な顔でビルを見る。
「今、アレンも誘ったところ!うちの商会の新作発表会があるんだ」
「ああ、そういう…じゃあ、セレナ達にも」
「ストップ!今回は婚約者はなしでいこうよ。人脈、増やしたいんだろ?知ってる人が少ない中での社交も慣れた方が、将来の役に立つよ」
ビルは既に商会の手伝いをしていて、ある意味、俺たちよりも大人だった。見かけはかわいらしい坊っちゃんなんだけど。
「いいね!そうしよう。誰が一番人気者になれるかな?」
エトルが挑むように言う。
「……人気者って、関係なくないか?」
「何言ってんの。俺らより上を目指さないとダメじゃん、宰相殿」
「そうだよ、人心掌握の勉強!セレナ嬢にも見直してもらえるんじゃない?」
「セレナは、きっと別に、」
ビルの言葉に反論しようとすると「本当に?」と、エトルが割り込んで来た。
「今はそうかもだけどさ、ハルト様とも最近仲良しじゃん」
……そうだけど、でも、それはさ。
「でも」
「何だ、自信がないのか?」
アレンまでが参戦してくる。
「……アレン。そうじゃないよ」
「だったらいいじゃないか!全てに秀でていた方が、セレナも鼻が高いんじゃないか?」
「…………」
そうかも、と、少し思ってしまった。
人気者が、自分の婚約者って……確かに自慢になりそうだと。
10歳の俺は思ってしまった。言い訳にも、ならないけれど。
でも、セレナの為。始まりは、そこからだったのに。
新しい世界と、新しい出会いは刺激的で楽しくて。
周りの甘い言葉に浮かれて、人に囲まれる優越感に浸って。男のプライドを勘違いして、間違えた自信がついたことにも気づかなかった。
あの頃は、どれだけ女性といたとしても、最後はセレナなのだからと、彼女も優越感を感じているであろうとすら思っていて。……本当に笑えない。
だから、段々と諫言が増える彼女に、何故分からないのかとイライラして。悋気さえ見せない彼女に、勝手に寂しくなって。
「どうせ最後はセレナと結婚するんだから、今は何をしてたっていいだろ!家に迷惑をかける事まではしていない!!」
と、最低なセリフをぶつけた。
セレナはもう、無表情だった。しまったと思っても、変なプライドと焦りが混じって、何も言えなかった。
『はずかしいから、みんなにはナイショよ?セレナは前から、優しいトーマスが大すき。おうちとか、魔法とかじゃなくて、トーマスといっしょがいいの』
セレナは自分より優れているからとか、そんな事は求めていなかったのに。
彼女の気持ちを、俺は踏みにじったんだ。
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