終曲3

「ミサさんって、文才があったんですね」

 テーブルの上に置かれた小冊子。同人誌のようだった。絵の次は文学なのか。僕に何を求めているのだろう。僕にこういう才能がないってことはわかっているはずなのに。そう思いながら拾い上げてさらさらとめくってみた。

「大学の頃の同人なの」

「あの人と知り合ったのもそのころ」

 たしかにその本には、ミサねえさんの名前と元の旦那の名前があった。老舗の和菓子屋の跡取り息子は詩を書いている。

「今は書いてないんですか。面白かったですよ。ちょっと変わった感じですけれど」

「あなたには、カフカよりパヴェーゼのほうがお似合いかも」

 ミサねえさんはまた僕の知らない名前を口にする。多分小説家なのだろうとは思ったけれど。

「パヴェーゼ、読んだことはないかしら」

「はじめて聞く名前です」

「ぜひ読んでみて」

 ミサねえさんはしっかりした装丁の本をテーブルに置いてパートに出かけていった。本を読むよりも他にやることがあるはず。僕はちょっと焦りはじめていた。こんなことを続けていていいのだろうか。でも、ミサねえさんが僕にこうしてほしいってはっきり言ったのは、もしかしたらここに住みはじめてはじめてだったような。とにかくこの本は読まなくちゃならないのかな。そう思って、日が暮れるまで本を読んでいた。

 ふと、僕は時計を見た。そうかスーパーに出かけなくちゃ。そして、僕は本に夢中になっていた自分に気づいた。歩きながら夕飯のメニューを何にしようか考える。

「あなたの好きにしてください」

「もう大丈夫でしょうから」

 夕食は僕にまかされるようになっていた。

「トマトソースのパスタですね」ミサねえさんがにこやかに笑う。

 小説の舞台はイタリア。パスタを作る場面も出てくる。

「小説よりは、大分手が込んでますね」

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