終曲2
「どうしたんですか。考え込んじゃって」
「どうっていうこともないんです」
「奄美の海ってきれいなんでしょうね」
「そうですね」
花火の音だけが聞こえている。ここからは花火は見えない。ミサねえさんがうちわであおいだ風が僕の頬をかすめていく。昼間僕は画集を見つけてそれをずっと見ていた。奄美の風景を描いた画家の画集。画家が奄美にいる間、その画家の作品を見た人は限られていたらしい。ほとんどが装丁もされず、丸めて放置されていた。もともとは才能のある日本画家だったらしいけれど、奄美にわたってからはただ自分のためにだけに絵を描いていたらしい。奄美で交流のあった人たちも彼が画家だということを知らなかったようだ。一部の親しい人を除いて。
でも、本当に自分のためだけに書いていたのだろうか。僕にはよくわからなかったけれど、その絵の素晴らしさはよくわかった。
「カフカって、生前はほとんど無名だったらしいの」
僕の考えていたことがわかったのだろうか、ミサねえさんは僕のとなりでこんなことをつぶやく。僕はカフカのことはよく知らない。でも、ミサねえさんらしいと僕は思った。中学の時だったかな。夏休みの宿題のために、本の薄さだけで「変身」という文庫本を買って読んだけど、なんか気持ち悪くてわけがわからなかったことだけ覚えている。ミサねえさんは僕に小説でも書けと言いたいのだろうか。ミサねえさんのほうが上手く書けるような気がした。
「絵のままでしたよ。自然があっていいところです」
「父も憧れていたんでしょうね」
「でも、私はここのほうがいいんです」
「すごく落ち着くの」
僕にはミサねえさんが、ここから見える風景に吸い込まれていくように思えた。
連読する花火の音がしばらく続いた。仕掛け花火だろうか。
「もう花火も終わりですね」
「スイカを食べましょう」そう言ってミサねえさんが立ち上がる。
僕も立ち上がって家の中へ入ろうとしたとき、ミサねえさんの後姿を見て立ち止まった。
「ねえ、私があなたを支えてはだめですか」
今だって支えてもらっているじゃありませんか。あいつに言わせると、僕はヒモだという。
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