前奏曲7

 僕はミサねえさんが淹れてくれた紅茶をすすりながら庭の木々をながめていた。

「あなたがいてくれて助かります」

 そう言って笑いながらミサねえさんはパートに行く準備をしている。

「あなたとあたしが暮らしていくくらいはどうにかなりますから。本当にやりたいことを見つけてください」

 普通そんなことを言われると、かえってどうにかしなくちゃと焦ってしまうものなのだけれど、ミサねえさんに言われるとそれでもいいのかなあなんて思ってしまう。ミサねえさんは男を堕落させる何かを持っているのだろうか。ミサねえさんの前のダンナは仕事をしなくなり女性と逃げてしまった。腕のいい菓子職人だったらしいけれど。その後、ミサねえさんは追い出される形で実家に戻ってきたらしい。

「幸い子どももいなかったので」

 やりたいことを見つければいいっていってもなあ。本当にやりたいことって何なんだろう。この家の庭の手入れも面白くはなってきたけれど、そんなことでいいはずもない。

「ねえ、あなた。駅前のビルのこと聞いてる」

「駅前のビルって」

「あたしたちが親父と住んでいたところ」

「そうか。あそこも駅前になるんだね」

「高く売れたんだろうね」

「売れた」

「お父さんが売ったってお姉さんが言ってたよ」

「それは違う」

「違うって」

「あそこは売ったんじゃなくて貸してるの」

「もともとあそこは二階から上はアパートだったんでしょう。その中のひと部屋を家族で使ってただけで」

「そうだよ。それで親父が奄美に行くときにあの部屋も貸し部屋にしただけ。売ったりしてないよ」

「お父さんがそう言ってたの」

「違う。親父はあたしには何も言ってくれないし、お姉ちゃんもおじいちゃんのところに引っ越したみたいだから。気になって旦那が調べてくれたの」

「そうか、あいつ優秀だからね」

「そもそも何であなたまでここにいるの」

「お父さんにここに住んでほしいって言われて。前に言ったじゃない」

「あっちのビルだと思ってたから」

「僕だってそう思ってたよ」

「親父と話したの」

「ここを案内された後に、電話でだけど」

「それで親父はあなたに何て言ったの」

「ミサをよろしくって」

「何それ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る