前奏曲6

 ミサねえさんは木々に囲まれた家の前で立ち止まった。人が住まなくなってから何年も放置されていたようで、家の壁にもツタのようなものが絡まっている。敷地も荒れ放題。それでも以前は洒落た庭があったことは想像できる。けど、これをきれいにするのは大変だよな。

「驚きましたか。明日から業者の人が入ることになっているんです」

「家の中はあたしが少しづつきれいにしているんですよ」

 ミサねえさんの言っていることはあまり頭に入ってこない。

 そうなのか。これが条件。

「下が店舗になっているビルはどうしたんですか」

「父が売却したらしいです」

「そうなんですか」

「そのお金でこの家を買ったんですか」

「この家はもともと父の家なんです」

「じゃここに住んでいたんですか」

「おじいちゃんとおばあちゃんが」

「私は遊びにはよくきましたが、住んだことはありません」

「あいつも」

「ヒナは覚えてないでしょう。まだ小さかったから」

 そうなのか。この家のことだったんだ。

「あなたに住んでもらいたいと父が言っています」

 ミサねえさんの重い口がやっと開いた。外はすっかり暗くなっている。店内にはずっとジョニー・ホッジスが流れていた。僕はマスターに言ってコーヒーをおかわりした。僕を見てミサねえさんはカップの上に手を置いた。もういらないようだ。

「住むって」

「父の住んでいた家に」

 ミサねえさんに理由を聞こうとしたけれど、多分ミサねえさんも詳しい理由は知らないのだろう。

 ミサねえさんは水をひとくち口に含んだ。

「今度案内しますので見に来てください」

 そうだった。あのとき僕はちょっと違和感を覚えたんだ。案内するってところが。お父さんたちの住んでいたビルには何度も行ったことがあったし。でもちょっとした言い回かと思ってスルーしてしまった。

「あたしもいっしょなんですけど、かまいませんか」

「それは、お姉さんの家でもあるんですから」

 僕は少し躊躇しながら答えた。ミサねえさん、戻ってきちゃったんだよね。

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