前奏曲5

 猫舌なんだよな。僕はそう思いながら、スパイシーに香る焼きカレーのフチのあたりをスプーンでひたすら混ぜている。

「ねえ、どういうつもりなの」見るからに熱そうな焼きカレーをスプーンで口に運びながらあいつが言う。

 それはこっちが聞きたいよ。あいつは熱くないんだろうか。僕は恐る恐る混ぜていた焼きカレーをスプーンで少しだけすくって口の中に入れる。やっぱり熱い。味はいいんだけれど。ほんの少ししか食べていないのにすでに汗がにじんでいる。夏真っ盛りだというのに、こんな激熱激辛なカレーを求めて店内は満席状態。

「ベサメ・ムーチョ」が流れている。ジョアン・ジルベルトのボサノバ・ヴァージョン。ダルな歌声とストリングスが店内に溶け込んでいく。

「ずっとここに来たかったの。あなたの会社の近くだし」

 そのために呼び出したわけではないだろう。会社っていっても派遣だし。だいたいはわかっている。ミサねえさんはコイツに話したのかな。当然コイツに伝えるべき話ではあるけれど。

「結局みんなお姉ちゃんで、あたしには何もないのかな」

「権利はあるのよね。姉妹なんだし」

 面倒くさいことはミサねえさんが全部やってるわけだし。当然といえば当然だけど、その話はまだちょっと早い。まあ今の僕は、何か言える立場じゃないけど。

 焼きカレーはなかなか冷めない。あいつはもう半分ぐらい食べてしまっている。僕は水をおかわりした。

「あなた辛いの苦手だっけ」

「好きだよ」

 あいつはバックからタオル地のハンカチを取り出して僕の前に置く。

「汗っかきだったよね。辛くない中華の炒め物食べても汗かいてた」あいつは思いだし笑いをする。ちゃんと覚えてたんだ。そもそもこれを注文したのはお前だし。席に着いたらもう注文が済んでいたわけで。

 離婚はあいつの浮気が原因で、勝手に出て行っちゃったんだから慰謝料をこっちが貰ってもよかったのだけれど、僕が一時金として少し払った。ゴタゴタはたくさんだったし。でも僕はどういうわけか、そのことでこいつのお父さんにこっ酷く怒られた。

「お姉ちゃんはあなたに何て言ったの」

「お父さんに頼まれたらしい。おねえさんはそれを僕に伝えただけ」

「親父ねえ。それであなたはお姉ちゃんもいっしょに引き取るの」

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