前奏曲4
「せっかく居心地のいい場所見つけたのになあ」
「そうだよ、まだここに来てそんなにたたないのに」
僕は引越しのあいさつをしに《サマー・ホリデイ》に行った。
「詳しいことはわからないけれど、本当に行かなくちゃならないの」
「まあね、派遣の職場に近いし、家賃もないみたいだから」
「そうなの」
「たまには寄ってよ。彼女と一緒に」
「彼女って」
「決まってるじゃない」マスターは意味ありげにニコリと笑う。
「違うって言ってるじゃない」
この店は今の職場をはさんでちょうど反対側になる。ちょっと寄るっていうわけにもいかないかな。でも《ウインター・ワイン》になっているときに一度は来てみたい。
「美味しいシチューがあるから」
マスターの言った言葉が耳に残っている。何のシチューかはわからないけれど、バケットとかを浸して食べると美味しいんだろうなあ。僕はそんなことを考えながらクラブハウス・サンドをつまんでいる。このサンドウィッチも絶品だ。
地下鉄を降りて出口の階段を上るとミサねえさんが待っていた。でもどうして僕がこの出口から出てくるってわかったのだろう。待ち合わせの場所には違う出口が近いはずで、この出口に出てしまったのは僕が出る改札を間違ってしまったから。しかたないので少し歩いて戻ろうと思っていたのに。
「あそこから出てくるってよくわかりましたね」
「なんとなく」そう言ってミサねえさんは指でメガネを少し上げた。
「行きましょうか」
「待ち合わせの場所には行かなくていいんですか」
「ここで会えたのだから直接行きましょう」
でも、これから行く場所はこの方向じゃなかったような。僕の記憶違いなのか。
「お父さんは」
「父は来ません。もう奄美ですから」
「あっ、そうか。えっ」
違うよ。今日はお父さんに会って、詳しい話を聞くことになっていたはずじゃないですか。
「方向が違ってませんか」
「間違っていません」ミサねえさんはスタスタと歩いていく。今日のミサねえさんはなんか雰囲気が違う。
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