前奏曲3
「お父さんが引っ越すことになって」
「会社を辞めて、沖縄のほうに。奄美だったかしら」
そうか、南の島に行くんだ。
「そろそろ定年だよね」
「もう少しあったんだけど」
「でも何で」
「お母さんとの約束だったみたい」
「余生は南の島でとか」
「お母さんのことは気の毒だったよね」
「あのお父さんがしょんぼりしちゃったから」
ミサねえさんは言葉をかみしめるように話していた。
日曜日の夕方、僕はボーっとしたまま光が奪われていく空を眺めている。こんな時には軽く飲んでみるのもいいのかな。でも飲むと余計ボーっとしてしまいそうな気がしたし、こういう時に酒を飲みながら考えを巡らせて良い事があったためしがない。というより、必ず悪いことが起きた。思いだしたくないことばかりが頭の中をかすめていく。
僕はキッチンに立ってソーメンを茹ではじめた。もう少し力のつくものを食べた方がいいのかな。つゆは余っていたバラ肉と玉ねぎとしめじを入れて作った。冷たいソーメンと熱いつゆ。最近の定番でもある。どこをどう巡ってきたかは知らないけれど、贈答用の素麺が僕の部屋に落ち着いていた。
「あいつはそのこと知ってるの」
「お父さん、あの子には何も言わないから」
仲が悪いのは性格が似ているせいだろうか。あいつは間違いなく父親の遺伝子を受け継いでいる。ミサねえさんはお母さんの遺伝子を受け継いだのかな。
「今日はあなたにお願いがあって」ようやくミサねえさんが本題を切り出した。
「といっても、これはあたしのお願いじゃなくてお父さんの希望なんだけど」
嫌な感じがした。そうなんだ。空が赤く染まってきた。ヒグラシのなく頃だろうか。
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