前奏曲2

「何だったの、この前の彼女」《サマー・ホリデイ》のマスターが僕に話しかけてくる。僕が元姉を連れていった店だ。

「美味しいんですよ、ここのコーヒー」

「やっぱり夏でもホットが好きですか」

「紅茶をいただきます」

「アイスティーじゃなく」元姉はゆっくりうなずいた。

 この店は夏にはうってつけの名前だけど、冬でもこの名前なんだろうか。

「冬には《ウインター・ワイン》になる」

「ワインも出すの」

「出すよ」

「今ならビールも出す」

 名前を変える時期はマスターの気分しだいらしい。マスターは夏好きだから冬の時期は短いようだ。

「仕事は見つかったの」

「なかなかね。派遣ならあるんだけど」

「彼女は見つかったのに」

「ちがうよ。あの人は義理の姉だった人」

「だった人」

「きれいだけど、暗い感じだよね」

「いろいろあったみたいだね」

「まあね」

 マスターはニヤリと笑って僕から離れていく。離婚して、リストラされて、決して順調な人生とは言えないけれど、あの結婚が続いていたらこんなに悠長に構えてはいられなかっただろう。こうしている時間も貴重な時間といえるのだろうか。少なくてもあいつに追い立てられることはない。

 人それぞれ人生がある。いろいろな人生があってもいいだろう。あいつはそんな僕を見透かしていたのだろうか。部屋に戻ったらまた荷物の整理をはじめなければならない。日が落ちてもまだあの部屋には熱気が充満していて、少し動いただけで汗が噴き出してくるだろう。部屋を片付けはじめて、自分の荷物がほとんどないことに気づいた。あるのは消費されたゴミばかり。今日はマスターに教えてもらった銭湯にでも行ってみよう。

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