第9話 初めての衝動

病院内に入るとすぐに、エマ嬢が患者に声をかける。一人一人、覚えているんだな。聖女としての光魔法だけではない心根の優しさが、皆を癒すのだろう。


話しているうちに王子の存在も気付かれ、人々が集まり出す。エマ嬢が心配してくれたが、ここは大丈夫だ。王族としての仕事。手で制すると、察してくれた。聡くて助かる。こんな所も惹かれる。



ちょうどいいタイミングを見計らって、イアン院長が皆に声をかけてくれ、患者たちは解散し、エマ嬢と俺は彼女の診療部屋へ行く。


想像したよりも、薬が多い。


「ここで診療してるのか。薬も結構置いてあるんだね?」


「そうですね。不遜な事を言えば、私のヒールで大抵の怪我や病気は治せますが、さすがに来る方全員にとなると身が持ちませんし。命の危険があるほどの大怪我ですとか、そういう時にはどうしても力をかなり使いますから、備えておくというか」


なるほど。確かにその通り。エマ嬢の体も大事にして欲しいからな。深く頷いた。エマ嬢は何か言いたそうな顔をしているように見える。なぜだ。



そして薬の入荷方法なども聞く。安くはないものだ。うん、国としてももっと本腰を入れよう。


「……エマ嬢には?」


「えっ?私はいりませんよ!まだ学生ですし、趣味と修行を兼ねているようなものですから。学園で衣食住も困らないですし。むしろ、勉強できてラッキーって感じです」


照れ笑いのように話すエマ嬢。こんな表情も愛らしい。


「……そっか」


眩しいな。……勤勉で、慎ましくて、可憐で。自分も、彼女の意志を支えるくらいの人間になりたい。



その後もいろいろと話した。リーゼ嬢たちとのお茶会が決まったこと、途中で現れたリオのこと。


リオに差し出されたリンゴを受け取った時のエマ嬢は、女神以上の美しさだった。あの、優しい慈愛の籠った笑顔は、生涯忘れられないだろう。


自分の未熟さを痛感した。



「……殿下、ありがとうございます」


思い付きでしかないような、俺の行動にもお礼を言ってくれる。


「……いや、これくらいでは、気休めだろう。自己満足だな」


つい、自嘲気味になってしまう。


「そんな事はないと思います。こういう、一見ささやかな出来事が、きっと今後を支える思い出になってくれます」


「そう?だといいけれど……」


「なります」


断言してくれる。気持ちが前を向く。


「そっか。エマ嬢が言うと、そう思えるよ。…俺も、もっと頑張らないとな」



二人で微笑み合う。そうだ、未熟なのは当然だ。これからは今以上に努力しよう。



その後は、すぐに別の患者たちがバタバタと来て忙しい診療所になり(毎回これくらいらしい、なかなか大変だ)、慌ただしいままにそこでの時間が終了したのであった。



◇◇◇



さて、帰りの馬車だ。


まだ、動き出して5分も経っていないのだが。


座って、二言三言言葉を交わした辺りで、エマ嬢の体が船を漕ぎだした。



「あ~、寝てるよなあ、これ……」



試されているのか、俺。何にだ。でも、疲れたのだろう。起こすのも忍びない。


迷っているうちに、車体が跳ね、エマ嬢の体が大きく揺れる。



「あっぶな!」


向き合うような形で、エマ嬢の両肩を両手で支えた。よほど疲れているのか、起きる気配は全く無い。


「~~~!仕方ない!と、してくれ!」


下心ではないです、と、神様だか女神様だかに言い訳をしつつ、エマ嬢の隣に座り、自分に寄り掛からせる。


……いい匂いがする。じゃなくて。



「お疲れ様。少しお休み」


俺からも、少しは癒しの時間をあげられますように。



◇◇◇



「……エマ嬢、エマ嬢。寮に着いたよ?」


馬車が寮の前に着いた。


可哀想だが、ぐっすり寝ているエマ嬢を起こす。


エマ嬢は少し身動ぎして、ハッと気付き、慌てたように起き上がる。


「きゃ、そ、その、で、殿下!すみません!」


恥ずかしそうな反応が可愛い。…嫌では無かった感じだよな?


「気にしないで。役得だったから。それよりごめんね?そのままだと倒れそうだったから、隣に移動したんだ」


断りを入れてみる。事後報告だが。


「だ、大丈夫です。お手数を……」


「エマ嬢の可愛い寝顔を見れて、ラッキーだったよ」


赤面するエマ嬢。つつきたくなってしまう。


「と、まだ話したいけど、降りよう。御者に悪いからね」


「あっ、そうですよね!はい!」




馬車を降りると、そこはいつもの女子寮前だ。すぐそこがもう、エントランスだ。ギリギリまで一緒にいたいので、エスコートをする。



「エマ嬢、帰りはいつもこう、寝ちゃうの?」


懸案事項だ。確認する。


「いえ、全く……今日は、やっぱり本調子ではなかったようです。ご迷惑をおかけしました」


「そうか。ならいいけど。……毎回これじゃ、気が気じゃないしな」


後半は聞こえないように、ボソッと言う。



「私のわがままにお付き合いいただいて、ありがとうございました。殿下がいて下さって、良かったです。今日はもう、しっかり早寝して、明日に備えます」


「……っつ、そうだね。そうして。でも俺も行って良かった。いろいろ気付けたよ。だから、そこは気にしないで?」


俺が嬉しいことを、嬉しそうな笑顔で話してくれるエマ嬢。きっとまた、無自覚に。……無自覚、なのか?



「ありがとう、ございます」


「うん」


何となく、二人でいつもよりゆっくりと歩く。でもすぐにエントランスに着いてしまう。



……離れがたいな。



「……じゃあ、ここで。少し早いけど、おやすみ、エマ嬢。……で…あ、の、さ。また、朝……迎えに来ても、いい、かな?」



期待しても、許される?



「は、はい……その、よろしく、お願い、します…」



耳まで赤くして、俯きながらも頷いてくれるエマ嬢。少しは人として、よりも上がってくれた?……顔、見たい。



「良かった。…エマ嬢、顔を上げて?」



エマ嬢は恐る恐るといった感じで顔を上げる。真っ赤で、上目遣いで瞳を潤ませて……可愛いが過ぎる。



「うん、可愛い顔を見れて良かった」



言いながら、エマ嬢の額にキスをする。もう、ダメだ、体が勝手に動いてしまう。



「~~~~~!!」


嫌がる訳でもなく、額を押さえて、更に真っ赤になってパクパクするエマ嬢。愛らしい。いつまでもいると理性がヤバい。



「本当に可愛い。ごめんね?また明日」



エマ嬢がまた寝不足にならないか心配だな。……でも、どこかで期待している自分がいる。もし、また寝不足なようなら、明日は何とかして一日中側にいよう。




……などと浮かれた気持ち《心配》が、まさかの杞憂で終わるとは。この時は微塵も思っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る