第10話 初めての?防衛本能

「おはよう、エマ嬢」


「おはようございます、ラインハルト殿下」


今朝もエマ嬢の登校時間に迎えに行く。……様子はどうだろう。



「あの、そういえば昨日もですけれど……結構お待たせしてますか?この時間…」


「ん?いや、大丈夫だよ。エマ嬢のスケジュールは大体認識を……ゴホン、いや、大丈夫だ」


エマ嬢、さすがの気遣いだな。が、君のスケジュールは8割は把握をしてたり……まあ、いろいろなで。


「……そうですか?」


少し怪訝な顔をされる。ヤバイヤバイ。



「そ、それより、昨日はきちんと眠れた?」


話を逸らしながら、気になることを聞く。


「はい!バッチリです!」


えっ?!バッチリ?ま、まあ、そりゃ、体調万全の方がいいに決まっているけども。


「そっか。良かった。……けど、ちょっと残念な気も……」


つい、本音が。


「え?残念?」


「いや、言ってないよ?」


笑顔でスルーだ。……それにしても、この、エマ嬢の落ち着き方。



「……何か…スタート地点に戻ってしまった雰囲気のような……?」


「はい?スターがどうしましたか?」


「何でもないよ?」


やっぱり、安定の天然と言うか……が、炸裂しているような。あれ?



「今日は殿下がおかしくないですか?ちゃんと寝ました?」


真顔で心配される。


「いや、大丈夫、大丈夫、うん」


「本当ですか?」


「本当だよ」


……昨日は、夢でも見たか、俺。


その後はいつものように、エマ嬢のクラスまでエスコートをする。何だ?前進したように感じたのは、俺の思い過ごし?



そんなことを悶々と考えながら、自分の教室に向かって歩き出すと。


「ハルト」


「ローズ義姉さん」


義姉さんに声を掛けられる。……珍しいな。



「おはよう義姉さん。珍しいね。どうしたの?」


「おはよう。……そうね、少し貴方に確認したいことがあって」


「……確認?」


「そう、確認」


何だか含みのある言い方だな。……俺に対しては、珍しい。どうぞ続けて?との意味で、手を差し出す。


「エマを……婚約者に望むのは、彼女が聖女だから?」


「……は?!」


驚いてキツめの反応をしてしまう。



「……今更、何を言ってるの?兄上にもちゃんと話したけど」


「聖女だからではない、と言うことよね」


「当たり前だろ!」


たまたま、エマ嬢が聖女だっただけだ。だからこそ出会えた側面もあるのはあるけど。……何なんだ、本当に今更。


言った、ということね」


「……?まあ、そうだね。義姉さんにも、兄上から話が行くと思っていたけれど……ダメだった?」


「ダメじゃないわよ?


「…そうだったんだね」 


何だろう。とてつもなく含みがあるよな。


「エマだから、って事よね?」


「……うん。エマが何者でも、エマがいいんだ」


ここは、はっきり伝えておかないと。


「良かったわ。やっぱり分からないもの。」


義姉さんが、やけにいい笑顔で言う。


「お節介でごめんなさいね。私達にとって、エマは本当に大切な友人なものだから」


「……理解しているつもりだよ」


「そうよね。ああ、もう時間になるわね。引き止めて悪かったわ」


「いや……」



義姉さんと別れ、自分の教室に向かう。


しかし、わざわざ何だったんだ。晩餐でも頑張る宣言をしたし、見ていれば分かりそうなものだけれど。


でも、これで二人には伝えたし、変な誤解は無くなるだろう。……二人、には。って、あれ?


「……俺、エマ嬢には……」



言ってないな?!無いよな?!



「そういう、こと?何してんだ、俺……」


きっと、無意識に避けていた。はっきりと伝えて、彼女から決定的な言葉を返されるのを。……逃げていた。


「情けないなあ」


自嘲してしまう。人間の防衛本能って、勝手に発動されるんだな。とか、感心している場合じゃなくて。


わざわざ義姉さんが伝えに来てくれたのは、昨日、あの後エマ嬢と何か話した可能性が高いよな。……期待したくなるけれど……今朝のエマ嬢の妙に吹っ切れた感を見ると、どうなのか判断が難しい。


難しい……が。



「逃がす気も、他の奴に渡すつもりもない」



そう。なのだから。ここは、エマ嬢にも伝えなければ。


なんて、人の気合いを余所に。


その日も、次の日の朝も、エマ嬢の顔を見られないとは考えてもいなかった。

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