第8話 初めてのもどかしさ

ランチタイムの女性の楽しい集まりに乗り込むのは無粋なので、そこは堪えて放課後まで待った。


話が出来たら、とも思うけど、エマ嬢はまた無茶をやりそうな気がするので、今日は寮に引き摺ってでも帰す方が大事かもな。


…なんて考えながらエマ嬢のクラスに着くと、案の定な会話が聞こえて来た。



「エマ、今日は早く寝るのよ?」


「うん、ちゃんと寝る。けど、ちょっと今日は治療院に行きたくて……3日行けてないから」


いつもの三人に囲まれて話しているエマ嬢。……やっぱりだ。


「今日倒れたのに、何を言ってるの?」


失礼を承知で、割って入る。頑張り屋で真面目なのは長所だけど。




「で、ですが。3日も行けておりませんので」


エマ嬢は一瞬驚いた様だったが、可愛く反論してくる。


「気持ちは分からなくもないけど、また倒れたらどうするの?ねぇ?三人も思うよね?」


「心配ではありますが」


レイチェル嬢が苦笑しつつ答える。


「し、しっかり休んだので大丈夫です!」


必死で訴えるエマ嬢。その仕草は可愛いし、務めを果たそうとするのは聖女の正しい姿でもあるのだろうけれど。



「そんなこと言って……また、誰かに抱かれて運ばれでもしたらどうするのさ」


心配も本当。でも、これが情けない本音だ。


「え、抱かれ?」


本人は記憶なしか。良かったとか思ってしまう。



「ハルトは何でも知ってるのね」


クスクス笑いながら、ローズ義姉さんが言う。


思わず、じと、と見てしまう。


「そんな顔をしないの。エマ様、言い忘れていたけれど、スレン先生が横抱きをして運んで下さったのよ」


「そ、そうでしたか……それは……謝り損ねてしまいました……」


義姉さんの説明に、慌てた感じのエマ嬢。謝ることはないだろ。寧ろ、先生が役得だろうが。


「緊急事態でしたし、仕方ないわ。心配は分かるけど、誰かさんが狭量すぎるのよ」


「……すみませんね、狭量で」


気に入らないものは気に入らないんだから、仕方ないだろ。同じクラスなら、俺が運んだのに。いや、その前に無茶をさせなかった。とか、ぐるぐるする。



「あ、あの、殿下。本当に気をつけますので……」


一生懸命言い募るエマ嬢。すっっごく可愛い!けど。


「エマ嬢の気をつけるって……」


怪しすぎるだろ。


「殿下のお気持ちも理解できますけどね」


「だよね、カリン嬢」


さすが、分かってるな。


エマ嬢は不服そうだが。



「親衛隊もできそうですしね…」


「え、何それレイチェル嬢。詳しく」



ああ、例のカートン伯爵令息か。なるほどな。



「まあ、聖女、ってことならアリか……義姉上も一緒だし、むしろプラスか?」


臣下の支持も大事だ。これはまあ、様子見だな。



「申し訳ないけれど、私はそろそろお暇するわね。大神官様をお待たせ出来ないので」


どちらも引けずにいるところで、ローズ義姉さんが口を挟む。確かに、いい時間だ。


「ハルト。心配なら、貴方も治療院に付いて行ったらよろしいのではなくて?…視察も必要な事ですし」


「!そうだ、そうする!視察も兼ねて!いいよね?エマ嬢!」


そうだ、その手があったー!!義姉さん、ありがとう!


女神ー!




エマ嬢も戸惑いながらも了承してくれて、そして二人で学園の馬車に揺られながら、治療院に向かう。



「ラインハルト様、お付き合いありがとうございます。ご公務に支障は出ませんか?」


「それは大丈夫。なるべく前倒ししてやっているから」



周りに気遣える所もいいよな……って、今、俺って自分勝手じゃないか?心配と…悋気と、一緒にいたい気持ちとがぐちゃぐちゃになって、エマ嬢を置いてきぼりにした気がする。押しまくるつもりではいるけれど、ちょっと、どうだっただろうか。



「それより……エマ嬢、嫌じゃない?」


「はい?」


エマ嬢は首を傾げる。くそー、可愛い~!


「いや…振り返ると、強引に進めたなあ…と……」


本音は言いにくいかもしれないが、聞くだけ聞こう。必要なら、謝ろう。



「ふふ、大丈夫です。心配していただいて、ありがとうございます。…心強いですよ」


「……っつ、そ、そう?それなら良かった」


俺の心配をよそに、花が綻ぶような笑顔で答えてくれる。眩しすぎて、直視できない。思わず、口を手で押さえて横を向いてしまった。


お世辞でも、心強く思ってもらえるのも、嬉しい。




暫しの沈黙。何だかそわそわするような、でも居心地は悪くないような、そんな間が広がる。



……聞いてみても、いいだろうか。保健室での、こと。



「……エマ嬢、聞いても、いい…?」


「は、はい」


「その、午前中さ、言ってた眠れなかった…って、考え事?教えて、貰える……?」


「……!っつっ、えっ、と……は…」



何だかお互い真っ赤になりながら、エマ嬢も心を決めたように思った瞬間。



「エマ!!ちょっと久しぶりだ!3日顔を見ないと寂しいもんだな?!」


がはは、と言わんばかりの大声と共に、馬車の扉がバーンと開く。



「ちょうど手が空いたところでな!学園の馬車が見えたから、迎えに来たぞ!……って、あれ?ラインハルト殿下?!」


王立病院院長の、アドルフ=イアン殿か。……あっという間に20分位は経っていたらしい。もう、病院の前だ。



「……久し振りだ、イアン院長」


何だよ~!とは思う。思うが、エマ嬢に迷惑はかけられない。王子然としなければ。



「これはご無礼を。申し訳ございません、こちらの認識不足でしたでしょうか。連絡が……」


「いや、こちらが急に来たのだ。今日、エマ嬢は体調が万全ではなくてな。それでも病院に顔を出したいとの事なので、連絡もせずに申し訳ないが視察も兼ねて同行させてもらった。……国の宝に何かあっても困るからな」



まだ婚約者でも何でもない。歯痒さも感じてしまうが、エマ嬢の名誉も大切だ。絶対に手に入れるつもりではいるが……婚約に至らなかった場合も考えて、まだ、必要な距離だ。



「左様でございましたか。エマ、大丈夫なのかい?」


「あ、はい!全く!大丈夫です!」


「無理はしないでくれよ。でもみんな、エマが来てくれたら喜ぶ。顔を出してやっておくれ」


「はい」


エマ嬢も立て直せたな。



「ラインハルト殿下は……」


「うん、エマ嬢の診察に同行させてもらいながら勝手に見るよ。構わない?」


「もちろんです。皆の士気も上がるってもんです」


「ありがとう、では、そうさせてもらう」


「では、こちらに。エマ、いつも通りでいいね?」


「はい」


院長に先導され、私達は院内に入る。



どのみち、人前では聖女と王子ではあるけれど。なんとももどかしい距離感だ。



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