第7話 初めての悋気

「エマ嬢、おはよう」


翌日、不意打ちで女子寮までお迎えに行ってみた。



「おっ、おはようございます?な、なんで?」


期待通りの反応だ。驚きすぎたらしいエマ嬢は、素が出ている。今朝も可愛い。


「うん、今日も安定の疑問符ついてるね」


本当に楽しい。



「何で、って。口説いているからね。お迎えに来た」


きゃー!!と、周りから絶叫に近い悲鳴が聞こえる。エマ嬢はパクパクするだけで声が出ていない。


「はは。また真っ赤だ。……少しは脈アリかな?」


つついてみる。


「……っつっ、知りません!」


ぶいっ、と横を向くエマ嬢。愛らしい。


「残念」


「~~~!」


これ以上ちょっかいを出すと、一人で行くと言い出しそうだ。この辺で止めて、しれっと共に登校させよう。


昨日の騒ぎくらいじゃ、まだ寄って来る輩がいそうだしな。



エマ嬢は渋々ながらも、二人で登校することができた。なんだかんだ言っても、ちゃんと話もしてくれるし。優しいと言うか、お人好しと言うか。……聖女だから皆に平等だろうとかは、今は考えないでおくことにする。



とか思っていると、会話の間が空いた。……あれ?良く見ると、顔色が良くないような。


「エマ嬢、…エマ嬢?大丈夫?」


「っ、はい!」


エマ嬢が我に返ったように返事をする。


「ぼんやりしてるの珍しいよね?体調が良くないんじゃないの?そう言えば、顔色が良くないような」


……一緒にいるのが、嫌とかじゃ……。


「い、いえ!大丈夫です。昨日、ちょっと遅くまで調べ物をしてしまって」


……だったらいけど……。でも、頑張り過ぎは心配だ。


「…そうなの?頑張るのもいいけど、ほどほどにね?」


「はい、ありがとうございます。気をつけます」


笑顔を作るエマ嬢。ひとまず安心、かな?




なんて、安心した自分を叱りたい。



二限目が終わる頃、影からエマ嬢が倒れたと連絡が入る(まだエマ嬢は婚約者じゃないから、エマ嬢につけたりはしてないけど、それはそれ)。



やっぱり、体調悪かったんだ。もっと気にするべきだった!


授業が終わると直ぐに保健室へと向かい、ドアをノックする。



「誰だい?お入り」


サーラ先生が返事をする。


「…失礼します、ラインハルトです。エマ嬢が倒れたと聞いて、様子を……」


俺は軽く会釈をしながら部屋に入り、顔を上げるとエマ嬢がベッドで体を起こしているのが見えた。サーラ先生も、光魔法使えるしな。良かった、酷いことはなさそうだ。


……と、考えた視線の先で。


エマ嬢の左頬近くに、スラン先生が伸ばしたままの右手があることに気付く。



「……スラン先生?それは?」


爽やか(に見えているはず)な笑顔で問い質す。


「…っ、いや」


スラン先生は慌てた様子で、その右手をエマ嬢の頭にポンと乗せた。……誤魔化したよな、完璧に。



「…エマ、今回はいろいろとありがとう。私たちの事は心配しなくて大丈夫だ。…次の授業の準備もあるので、これで失礼するよ」


そして俺たちに会釈して、スラン先生は保健室から出て行った。



「ラインハルトの勘は、たいしたもんだねぇ」


サーラ先生が感心したように言う。この人の情報網も凄いよな。


「サーラ先生。恐れ入ります」


にっこりと微笑み返す。うん、間に合って良かったのは確か。……これ以上、エマ嬢に触れられてたまるか。



「ハルト、こっわ!」


義姉さんの小さな小さな一人言は、聞こえないフリをした。



「エマ嬢、具合はどう?」


ベッドの横に付きながら確認する。


「サーラ先生のヒールのお陰で、だいぶ楽です」


しっかり答えてくれる。良かった。


「寝不足、朝食抜きでの大魔法ぶっぱなしでガス欠しただけさね。心配しなさんな」


サーラ先生の言葉に、バツの悪そうな顔をするエマ嬢。


「やっぱり本調子じゃなかったんだね」


「すみません……」


「謝らなくてもいいけどさ、…何でそんな寝不足に?キツい課題でもあったの?」


「あ、いえ……」


エマ嬢にしては珍しく、奥歯に物が挟まったような返事だ。……何かあったのか?



「違うの?」


ローズ義姉さんを確認するように見る。義姉さんは苦笑しながら頷く。課題とかではないのか。だとすると、何だ?


「じゃあ……、あ!またあいつら何か言ってきた?!」


昨日くらいのことじゃ、足りなかったか。


「ないです、ないです!…そんな、殿下に気にしていただくような理由ではないので、」


慌てて言い募ろうとするエマ嬢。ダメなんだよ。どうしても気になってしまうんだ。だって、


「だって、気になるじゃん!さっきだって、何触られそうになってるのさ?エマ嬢はほんとに鈍い!警戒心がなさすぎ!」



エマ嬢の言葉を遮って、勝手な事を言った。分かってる。



「さっきって、頭を撫でられただけですけど」


これ、本気で言ってるのか?言ってるよな、エマ嬢だから!!何なの、この、人たらし!


「~~~!だから、そういうとこが、ああもう、この鈍感!」


勝手な言い分なのは分かってる。けど、悔しいのか情けないのか、いろんな感情が先に来て、つい、口から言葉が出てしまう。本当にらしくない。



「なっ、何で殿下にそんなことを言われなきゃいけないんです?そもそも、誰のせいで寝られなかったと……!」



さすがに怒ったような口調になるエマ嬢。そうだよな、勝手なことを……って、えっ、誰の、せい?


……寝られなかったのは、昨夜。そして、俺に向かっての言葉。……え、えっっ?……俺の、せいって、こと?……それは、どんな意味で?


「誰のせい、って……えっ?エマ嬢?」


思わず呆然としたように聞いてしまう。



「だっ、ちがっ、誰のせいでもないです!ただ、寝られなかったんです!サーラ先生に午前中は寝てなさいと言われているので、もう寝ます!ラインハルト様、お見舞いありがとうございました、授業も始まりますのでお戻りください!」


エマ嬢は一気に言い切って、頭から布団を被ってしまった。そして、そのまま黙ってしまう。……布団がプルプルしていて、つい引き剥がしたくなる衝動に駆られるが、それは堪える。



「でも、エマ……」


聞きたいよ。誰のせいなのか。つい、食い下がろうとしてしまう。


「確かに授業が始まるね。お戻り、ラインハルト。女性にしつこいのも良くないよ」


サーラ先生が諭すように口を挟んでくる。


それは、……そうだ。嫌がることはしたくない、し。



「……分かりました。じゃあ、エマ嬢、お大事にね」


「……ありがとうございます」


エマ嬢は、布団に顔を入れたままで返事をする。……こんな反応をされたら、期待をしてしまう自分がいる。


……でもエマ嬢だからな。昨日盛り上がった、セレナ嬢との仕事のことかもしれないし……。



でも……。少しは、期待してもいいのだろうか。



顔が見たい。もっと話がしたい。



後ろ髪を引かれる思いで、保健室を後にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る