第6話 初めての楽しさ
俺の言葉に、呆然とする四人。周りの生徒達からの浮かれた悲鳴も聞こえて来た。
エマ嬢は……俯いているが、耳まで赤い。可愛いしか出てこない。って、今はそうじゃくてだな。
「しっ、しかし…そのようなこと、このような公衆の面前で…」
えっ、トーマスくん、君ががそれを言うの?もはや笑えてしまうけれど。周りの三人も頷いているが……どうしたもんかな、これ。随分と増長しているな。教室中に微妙な空気が流れてる事にも気づかないのか。
「そこまでになさって。トーマス様」
その空気を裂いて、婚約者のセレナ=エレクト侯爵令嬢がトーマスを止めに入る。そして、俺たちに謝罪をして来た。
「いや、セレナ嬢には非はないよ。……彼らも自分たちで自覚するべきだ」
兄上が言う。正しくその通り。
だが、セレナ嬢は自分にも責任があると、エマ嬢にも頭を下げる。エマ嬢も、自分に責任があるように言う。
うん、心の底から奴等には勿体なさすぎる、聡明で立派なご令嬢たちだ。……奴等に怒りを覚える。
「……悪くない二人が謝り合うことはないよねぇ」
俺の言葉に、頭を下げ合っていた二人が顔を上げる。
「だってそうだよね?」
と言いながら、何とか言ってみろ、の笑顔で
奴等はバツの悪そうにゴニョゴニョしている。それもイライラする。もっと言い募りたい所だったが、兄上に止められた。確かに時間だ。
「トーマス、エトル、アレン、ビル。……君達は確かに優秀だが…学生だからと甘く見ていると、取り返しのつかないことにもなるぞ。……
兄上の言葉に、四人がビクッと背筋を伸ばす。
え、そして兄上、うちも、って言った?……ヤバい、にやけそうだ。我慢我慢。
「当然に父君の後継になれるとは思わない方がいい。……ひとまず、これからひと月はローズも私も公務で体が空かない。生徒会の仕事を完璧にこなせ。今日はこれも伝えに来たのだ」
兄上が王太子然として言う。威厳は持ちたくてもなかなか持てるものでもない。やっぱり兄上が王位につくのが相応しい。
「「「「…承知致しました」」」」
さすがに緊張感を持って、腰を折る四人。やれやれだ。
「行くぞ。ハルト」
「あ、ちょっと待って、兄上」
セレナ嬢が出て来てくれている。予定より早いが進めてしまおう。兄上が少し怪訝な顔をしているけど。
「大丈夫、すぐ済む。……セレナ嬢」
「?はい」
セレナ嬢が、不思議そうにこちらを見る。
「今日の放課後、時間はあるかい?私とエマ嬢のお茶会に招待したいんだ」
「……空いております。承知致しました」
少し緊張しながら承諾するセレナ嬢。そりゃ、何事かと思うか。
「ありがとう、詳しくはまた伝えるよ。エマ嬢もいいよね?」
「は、はい!」
エマ嬢は動揺しながらも、何となく意図は分かってくれている様子だな。
「じゃあ二人共、後でね。お待たせ、兄上」
「ああ」
ひとまず、朝の仕事は終了だ。よしとしよう。
◇◇◇
「セレナ嬢」
選択授業が終了の休み時間に、セレナ嬢を捕まえる。エマ嬢とは違う選択授業なんだよね。
「……殿下。皆さん、先に戻っていらして」
セレナ嬢が、共に移動していた友人に告げる。
「ごめんね、急に。……いろいろ。放課後は食堂のサロンを予約したから。エマ嬢にも伝えてくれる?」
「…承知致しました」
「……思うところはいろいろあると思うけど。悪いようにはならないはずだよ、セレナ嬢」
「ふふ。変な心配はしておりませんわ。……驚いてはおりますが」
「あー、セレナ嬢にもバレる?」
「これでも、幼馴染みですから」
「まいったな。でも、セレナ嬢とエマ嬢が気が合いそうと思ったからだからね?……まあ、エマ嬢は素直過ぎる所が心配だけど……」
「あら、そうなのですか?」
「ちょっとね」「…そこも、いいんだけど」後半はもごもごと誤魔化した。聞こえていないとは思うが、セレナ嬢の視線が生温い。
「ふふ、ではまた後程に。よろしくお願い致しますわ」
「うん、よろしく」
◇◇◇
放課後になり、カナに案内された二人がサロンに来る。
どうしても最初は二人とも緊張していたが、エマ嬢の事業の売り込みと、持ち前の素直さが功を奏し、あっという間に打ち解ける。セレナ嬢も前向きになってくれたし、安心もした。
エマ嬢の嬉し涙まで見られて、役得だったり……。
ともかく、良かった。
「リーゼ様達にもお話しておきますわ」
という言葉を残して、セレナ様はお茶会を後にした。
「ハルト様、貸し、ですわよ?」
と、こっそりと俺に耳打ちをして。
エマ嬢が落ち着くように、カナに新しくお茶を淹れ直してもらう。エマ嬢はそれを一口飲み、ふぅっと息をつく。……可愛いな。
「……ラインハルト殿下。今日は、たくさんありがとうございました」
エマ嬢の言葉に、不意を突かれる。
「……ん?何が?」
「……朝からの全てです。嵌められた、って思いましたし、動揺するばかりで大変でしたけど、終わってみたら1日で私の懸案事項は解消されました。殿下がそう動いてくれたお陰です。ですから、ありがとうございます」
と、頭を下げられる。
……気付かれた。不思議な気分だ。
「顔を上げてよ。俺はエマ嬢との時間が欲しくてやっただけだよ。お礼を言われる事じゃないって!言わば下心?」
軽く言ってみる。エマ嬢に良かれと思ってというのも本当だけど、半分は確かに下心だ。
「ラインハルト殿下は、王位に就きたいと思われたことはないのですか?」
こんなことも急に聞かれる。ピリッとさせてしまった。エマ嬢は慌てて、兄上がどうこうじゃなくて、と話す。
「うん。じゃあ何で?俺なんか、自由にフラフラして、風来坊みたいに言われているのに」
「言われているだけで、違うじゃないですか」
えっ?!……っと。
「って言いながら私も…始めはそう思っていましたけど。でも殿下って、全体をよく見て把握できる人ですよね?理解も早いし、頭の回転も早くて想像力もある。初めての晩餐の時も、さりげなく私を持ち上げてくれて、功績のようにアピールしてくれた。陛下が二人の聖女に気づいたのも、殿下の一言があったから。
今朝の立ち回りも、そうです。四人がああ動くように行動したのでしょう?それに、学園の使用人の名前までしっかり覚えている心配り。できそうでなかなか難しいことです」
エマ嬢は一気に話す。
顔に熱が集まるのが分かる。
「~~~~~!俺を誉め殺しして、どうするつもりなの、エマ嬢…」
嬉しいやら恥ずかしいやらで、真っ直ぐにエマ嬢の顔が見られない。
「…はあ~、こんな短期間でそんなん突っ込まれたのは初めてだよ……さすが、歴代最高聖女様、かな?」
見抜かれるというのは、ふわふわしたような、本当に不思議な気持ちだ。
「ふふ。でもそんなに誉めてもらって恐縮だけど、王位には興味はないなあ。俺みたいなのは、裏で策を練ってるのが性に合ってる。表で人々を引っ張るのは、兄上みたいに真っ直ぐな人がいいんだ。……でも、エマ嬢が王妃になりたいって言うなら、兄上に相談するよ?」
「いえ、私は王妃には……って、何の話ですか!」
「はは、残念。乗って来なかったか~!」
「もう!」
「でも、少しは惚れた?」
「人として、です!!」
「え~。…まあ、いっか。前進はしたかな?」
人として、でも、前進は前進だ。思わず笑みが零れる。
「そうだ、エマ嬢。俺も聞いていい?」
そうそう、ひとつ引っ掛かっている。
「はい?」
「さっきの浮気男のくだり…ほんとにお母上の話?」
「え、な、何でですか。当たり前じゃないですか。私は今まで婚約者もいないのですよ?」
何だかギクッってしなかったか?気のせい?
「そうだけど、妙に説得力があったからさあ……幼馴染みでいたとか」
かなり真に迫っていたような。
「そんなバカな。私は13歳からはずっと神殿でしたし」
「そうなんだけど」
何だか気になるんだよなあ。
「幼馴染みも、まあ、『家の近所の同じ年くらいの子どもたち』で、親しい子はいません、残念ながら」
「……そうなの?」
「はい」
釈明……と言ったら大袈裟かもしれないけれど、話してくれるのか。
「エマ嬢は昔からモテそうだけど」
「モテたと言うべきか、何なのか……」
「?」
「特に面白くない話なんですけど」
そう言って聞かせてもらった話は、ひどく悲しいものでは無いのだろうが、子ども心には小さな棘が残るもので。
ごめんと謝ると、俺のせいではないのだからと笑う。嘘のない、穏やかな笑顔だ。そして続けて言う。
「だからこそ、今の友人たちに囲まれているのが幸せで。……セレナ様たちには嫌われても仕方ないなと思っていたのに、私をちゃんと見てくれて。嬉しすぎて、また泣いてしまいそうです、情けないくらいに」
涙を堪えて、微笑む。綺麗だ。
「いいよ、俺の胸で泣く?」
エマ嬢が堪えるのなら。両腕を広げて、おどけてそんなことを言ってみる。
「……引っ込みました、ありがとうございます」
「早いな!」
気丈な笑顔で乗ってくる。こんな所も……可愛いし格好いい。不躾かもしれないが、楽しいと思う。
そしてその後も、二人で他愛もない話をして、下校時間になりお茶会は終了した。
「エマ嬢、寮まで送るよ」
人生で一番楽しい日が、日々、更新されていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます