第4話 初めての動揺

エマ嬢が宿泊予定の客室まで、二人で歩く。……まあ、離れた後方にサムとリサが付いて来ているけど。



すっかり馴染んでいるとはいえ、エマ嬢が学園に転入してきてから半年も経っていない。なので、学園のあれこれを話題にしてみた。


意外なことに、学園の詳細はお楽しみにとか言われて、神殿での聖女教育期間では教えてもらえなかったらしく、「初耳です!」と楽しそうに聞いてくれる。可愛いし、楽しい。



本当は他にも、聞きたいこととかがあるのだけれど。……こういうタイミングって、難しいんだな。



そして城内なので、さほど歩かずに部屋の前に着いてしまう。



「送っていただいて、ありがとうございました。殿下」


エマ嬢が、ドアの前でカーテシーをする。綺麗なカーテシーができる子だよな。


「ああ、うん。どういたしまして」


じゃなくて。じゃなくないけど。えーと。



「「………………」」



聞きにくい。けど、このまま立ち去るのも嫌だ。



「あの、殿……」


「エマ嬢、ひとつ聞いてもいい?」


「はい。何でしょう」


エマ嬢の言葉を遮るようになってしまったが、笑顔で了承してくれる。……俺にとって、必要な確認だ!しよう!



「嫌味じゃなく聞いて欲しいんだけど……例の、学園で纏わり付いている四人、どう思っているの?」


「どう、とは……?」


一瞬の間の後に剣呑な目で見られる。


「だから違う!…ごめん、大きい声で、その、本当に……」



否定したいあまりに、怒鳴るようになってしまった。女の子になにをやってんだ……。聞き方もまずかっただろうか。


違うんだ。興味本位とか、馬鹿にしてとか、そういうことじゃなくて。……初めての事に、言葉が出て来ない。



俺にとっては長い沈黙が続く。



「……ただのクラスメートで、それ以上でも以下でもありません」



どこか仕方ないなといった感じの雰囲気で、エマ嬢が諭すように答えてくれた。俺は俯いてしまっていた顔を上げる。



「本当に?」



「改めて確認されますと…本音を言えば、クラスメート以下にはなり得ますね。婚約者様がいらっしゃるのに、信じられないです」



ここだけの話でお願いします、と頭を下げられる。




そして沈黙。




「?殿……」


「ふっ、あはははは!やっぱりエマ嬢、最高!」



しまった、また遮ってしまった。でも駄目だ、笑いが止まらない。あの、嫌そうな顔!!辛辣さ、最高!そうか、ああいうの、嫌なんだな?そうか……。……そうだよな、エマ嬢、らしい。



……安心感と嬉しさでいっぱいだ。



「ありがとうございます?」


「だから何で疑問符付くのさ!あはは、褒めてるのに!」


自分の価値に気づいていない……のもあるのだろうが、これが通常運転なんだろうな。……ますます、手に入れたい。



「ごめん、笑いすぎた」


「いいですけど……」


若干不服そうだ。そんな顔すら愛おしい。……誰かの手に渡るなんて、絶対嫌だ。



「……でも良かった、本音を聞けて。これで心置きなく動ける」


「動く?なに、を……」


エマ嬢の問い掛けをまた遮るように、彼女の髪のひと房をさらっと持ち上げ、そしてキスをする。



「~~~~~!!」



エマ嬢は一瞬で真っ赤になって、これでもか、ってくらいに目を見開いている。


……何度も確認してしまう。この、男慣れのしてなさを。


我ながら、結構な独占欲だ。



「エマ嬢可愛い。……良かった、もっと安心した」


エマ嬢は、真っ赤な顔のまま動かない。


かなりの動揺だ。……少しは意識してくれたかな。



「引き留めてごめんね。おやすみ。また明日ね」



もう少し見ていたいけれど、さすがに引かれそうだから部屋に戻ろう。サムとリサ保護者の目も厳しくなってきたし。



「……お、やすみ、なさい、ませ……」



片言でたどたどしく返された返事に、抱きしめたくなる衝動を抑えつつ、その場を後にした。




「昨日と本日で、ラインハルト様が別の方かと思いましたよ」


「……らしくないだろ?」


「……そうですね。でも、よろしゅうございました」


部屋に戻るなり、楽しそうににサムに言われる。



「湯殿の用意もすぐに出来ますが」


「ん?ああ…そうだな……」



明日からどうするかを考える。


まずはあの四人を引き剥がす。でも奴等が離れると、他の有象無象が近寄るか?……近寄るよな。そちらも牽制を……。



「……いや、先にイベレスト公爵宛に手紙を届けるように頼んでもらえるか?」


「この時間に、ですか?」


「そう。悪いけど。明日の朝の事だから。チップ、少し弾んでやっていいから」


「……承知致しました。すぐお書きに?」


「ああ。5分待て」


イベレスト公爵にはがある。2年前に隣国の先物取引詐欺に釣られそうなのを助けたのだ。……ローズ義姉さんの為でもあったのだけれど。


使えるものは使わせてもらう。



「では、これを。あと、兄上にお時間を取れるか聞いてもらえるか?」


「……承知致しました」


「頼むね」



サムが部屋を出る。


情報は大事だ。少しでも、エマ嬢のことを聞き出したい。兄上もなかなか手強いからな。どこまで話してくれるかは分からないが。



ものの数分で、サムが戻る。



「ジークフリート殿下は、あと30分後だったらとのことです」


「分かった。ありがとう。じゃ、軽く湯殿行って来る」


「はい」



軽い足取りで湯殿へ向かう。



「……別人とは、気のせいでしたな」


「ん?何だ?」


「いえ、何も」



サムの笑顔が胡散臭い。まあ、いつものことか。



ともかく、行動開始だ。

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