第3話 初めてのエスコート

翌日。神殿に報告と練習に行ってくると出掛けた三人が、予定より早く城へと戻ってきた。


少し前に父上も向かったようだったから、急な話し合いにでもなったのかと思っていたが。


「ラインハルト様。昼食が済みましたら、王妃様の自室にいらっしゃるようにと、ジークフリート殿下からお話がございました」


サムが兄上からの伝言を伝えに来た。


今日の俺は自室で公務中。今後を考えて、面倒な仕事は前倒ししておくことにしたのだ。


「分かった」


やはり、何かあったようだな。




昼食後、人払いされた母上の自室で聞かさせれた話は、想像を越えていた。


「女神様って、本当にいたんだ」


自分の口から出た第一声は、そんな間の抜けたようなものだった。


「って、怒られちゃうか」


「いや、気持ちは解る。女神の間の枯れない花や水を考えると、いらっしゃるのだろうとは思っていたが、実際にお会いできるとなると……」


「だよねぇ。凄いな」


そんな兄上との会話中、母上はずっと泣き通しだ。


「母上、泣きすぎだよ~、気持ちは解るけど」


「い、今だけよ!いいでしょ、貴方たちしかいないし、う、嬉しいのだもの!!」


声を掛けると開き直ったように言われる。いつもの王妃然とした姿からは想像できない姿だ。きっと、父上はこれにやられている。


「お披露目の時期等は、晩餐の時に父上が詳しく話すと言われていました。今頃は、大神官様と話し合われている最中かと」


母上と共に頷く。


「ジーク。二人はどうしてるの?」


少し落ち着いた母上が聞く。


「いろいろありましたので、各々部屋で自由に休んでもらっています。彼女たちも落ち着きたいでしょうから」


「そうね、それがいいわ。ちょっともどかしいけれど、晩餐までのお楽しみにしましょう」


兄上と俺も、母上の部屋を後にする。



「兄上。今夜もエマ嬢は城に泊まるの?」


各々の自室に戻る道すがら、兄上に話かける。


「そうだな」


「……いろいろ入り用なこともあるだろうから、俺の侍女を付かせてもいい?」


「ふむ。今は用があるなら、城の侍女に言付けするように言ってあるが、お前が困らないのか?」


「大丈夫!大事な客人でしょ?信頼できる者を付けたい。…城付きがダメな訳じゃないけど!」


「そうか。……それもそうだな。ローズにはニーナがいるし……俺から回そうか」


「いいよ!こっちからで!兄上も忙しいでしょ?俺は今日の分の仕事も終わったし!」


兄上が虚を突かれたような顔をする。ちょっと前のめり過ぎたか。


「……そうか。では、ハルトの方で頼む。ローズと俺の大事な友人だからな。頼んだぞ」


兄上が表情を緩めて言う。良かった。


「うん、任せて」



そうしてリサを送り出して、晩餐時。


たまたま食堂の入り口前でエマ嬢に会う。


何?今日はドレスアップ?!…だよな!学園がある日じゃないし!しくった~!俺としたことが。


ひとまず、明るく誤魔化してしまう。


でも、本気で可愛い。令嬢のドレスアップなんて見慣れているのに……本当に何だこれ。


「……美しいレディ、エスコートの栄誉をいただいても?」


「……喜んで」


エマ嬢がおずおずと手を重ねる。手の甲にキスを落とすと、物凄く恥ずかしそうにエスコートを受けるエマ嬢。思わず抱きしめたくなる衝動に駆られる。サムとリサの温かくも厳しい視線を感じて、踏みとどまれたけど。


……理性って、こう飛びそうになるのか。とか、変な事を考えて、自分の気を逸らす。


「おお、ハルトがエマをエスコートしてきたか」


「入り口で会いまして……申し付けてくだされば……」


「ラインハルト殿下。お気遣いなく……」


謙虚……じゃなくて、嫌がられたりとか……してないよな?そういえば……。……決めた、帰りは送る!!



晩餐が始まる。


「お披露目はひと月半後に決まったよ」


父上も母上も、相好が崩れっぱなしだ。無理もないけれど。母上なんて、ドレスに向けてすごい気合いの入れ様だし。でも、エマ嬢とローズ義姉さんのお揃いか。確かにきっと可愛……って、今の俺、本当に俺?


まあ、それにしても、だ。



「二人の聖女かあ、疑っていた訳ではないけれど、真実となると重みが違うよねぇ」


喜ばしいことだと理解しているけれど。


「そうだな」


父上が答える。


「は~、ますます婚約者になるの難しそうだなあ」


「お前はまだ言うのか」


「えっ、ほんとにひどい、兄上。昨日、頑張るって言ったじゃん、俺」


伝わってないの?


「……お前の本気は判りづらい」


「えー」


と言いつつ、ちょっと反省。王位継承騒ぎを避けることが大前提で目的だったけれど、このスタイルが楽すぎて自由にし過ぎたのも事実だ。婚約者なんて心から誰でも良かったし、最後に父や兄から言われた人と、国のためにすればいいかと思っていた。


……どこかの本で読んだか、誰かの話だったか。には、本当に急に落ちるらしい。そして、いろいろな気持ちに気づくもの、なんだな。


「……まあ、エマ次第だな」


俺がぐるぐると考えていると、兄上が穏やかな笑顔でそう言ってきた。これは、伝わった、かな?……かなり照れ臭いけど、嬉しいものだな。ローズ義姉さんも、何だか楽しそうだし。


「いやはや、これから益々楽しみだな!」


父上。


そうだね。俺もきっと、まだまだ知らなかった自分に会える予感がするよ。


まずは俺を意識してもらわないとな。


と、思っていたのに、エマ嬢を送ると言った後の笑顔に、こちらがまたやられる。……手強い。


「ラインハルト殿下?」


「……っつっ、いや、じゃあ行こうか」


まずは落ち着いてエスコートだ。実は面倒がって、女性のエスコートは避けていた。ほぼ初めてのエスコートだ。……人生で初めて緊張しているかもしれない。



初めての感情を噛みしめながら、でも、エマ嬢を不安にさせないように。



まずは人生初のエスコートを楽しもう。

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