第7話 金の切れ目は
「昨日は急に帰っちゃってごめんね!」
いつも通りの図書室。
お詫びに”はいジュース”、と言ってオレンジジュースを渡して来る。お詫びの気持ちですと言う形でものを渡すのは彼女の人生で学んだ処世術なんだろう。高いものでもないから相手に気を使われることもないと思うし。それに人付き合いの多い人ほど奢る奢られるのやり取りは自然と多くなる。
「昨日のことは気にしてない」
ジュースを受け取りながら言うと彼女は胸に手を当てながら「良かったぁ〜」と呟く。
「太宰治はお坊ちゃんの癖に貧乏でお金を女の人に払わせるような奴だったけど君はお金には困ってないの?」
彼女は僕の目の前の席に座って答える。
「今のところは困ってないかな〜太宰みたいに毎回異性にたかる訳には行かないしね。今のご時世」
「今のご時世、異性にたかってたら同性から嫌われるからね」
「そのとおーり!でも、金の切れ目が縁の切れ目て言うのは本当だよ。今も昔もそこは変わらない」
この世の中何をするにしてもお金が必要だ。お金がなかったら何もできない。惰眠を貪るだけしかすることがなくなってしまう。
「何もできない、買えない、夢も希望もなくなるとね、何のために存在しているんだろうって思って来るんだ」
白木さんは語り出す。
「それプラスちょっとした絶望を感じちゃうともう駄目。人って死にたくなって来るんだよ」
何もできない自分には価値がないから。それを誤魔化すドーピング剤はお金がないと手に入れられないから。そこに絶望を感じると死にたくなるから。
「だから、太宰は死にたかったのか?」
「だから死にたかったし、加えて人を信用できなかったから死にたくなったんだよ」
常に疑心暗鬼でいるのは疲れる。そう言うことだ。
「それに太宰はツネ子に恋をしていたんだよ、好きな人と死にたいのは誰だって同じ」
白木さんは微笑みながら僕を見る。真っ直ぐに真剣に、僕の目を捉えて離さない。白木さんが醸し出す空気に呑まれないよう僕は話を続ける。
「でも、彼の心中は失敗に終わった」
結果だけで見れば太宰はツネ子を殺したことになる。
僕は言う。
「太宰は心中をしても幸せにはならなかった。死ねなかったからじゃない、ツネ子を殺したからだ」
好きだと思った人を殺して家から怒られその時の彼ときたら散々泣いただけであった。
「君は自分を太宰治だと遠回しに言った。ねぇ、白木さん。君は僕を殺したいの?」
図書室のカーテンが冷房の風でふんわりと揺れる。白木さんはその小さな唇を動かす。
「そうかもしれない。でも、私の目的は君尋くんを殺すことじゃないよ。君尋くんと死にたいんだ」
そこには大きな違いがある。そう言いたそうだった。僕の未来の結果だけは何ら変わりがない。でも、白木さんにとっては過程も含めて違うということだろう。
「ね、君尋くん。今週の日曜日空いてる?喫茶店に行こうよ!彼らみたいにさ」
白木さんはスマホを弄って僕に喫茶店の場所を見せる。
「ここ、前から行きたかったんだよね」
物静かそうで本も置いてある店の写真だった。
「行かない」
僕は即答する。
「え!!行こうよ!!ツネ子みたいに奢るからさ!」
白木さんは僕の周りで騒ぎ立てる。
「奢ってもらうメリットよりも君の知り合いに見られて学校で噂になる方が困る」
白木さんは頬を膨らませてリスみたいな顔をしてから
「わかった・・・」
彼女にしては諦めが早いと思った。
「しかし!一緒にデートしてくれないなら、私が君尋くんと付き合ってるって学校中に広める!」
諦めてなかった。それどころか脅して来る始末だ。しかも僕にとっては行かないと確実にアウト。行ったら多分アウトの選択肢だ。百%よりは五十%の方がマシだが・・・・。
「わかった行く・・」
「よし!詳細は後で連絡するから、今日はこれで!アデュー!!」
満面の笑みで帰って行った彼女に少しの殺意が芽生えたが最近の若者はこういうものだと思い込むことにした。
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