第3話 学校
夏休みが終わり白木さんの言った"また明日"が来た。
始業式は小学生の頃から好きじゃない。
まず好きな人がいるのかすら怪しいスタートダッシュだ。
勉強しなくて済むことはありがたいが校長の長ったらしい話は平均して七分は聞かなければならない。面白い話でもないため体感時間は十分ぐらいだろうか。
身にならない長話を右から左に聞き流してぼ~とするしかないこの時間は無駄でしかない。
本を読みたい。
そういえば白木さんが言った人間失格、まだ読んでないな。
ミステリーの方が心引かれるせいか読む気力が出てこない。
いずれ読むだろう、いずれ。
校長の話を全く聞かずに思考してるといつの間にか始業式が終わっていた。これから宿題を集めたりするのだろう。午後からは普通に授業だった気がする。
そういえば、白木さんは宿題を終わらせることが出来たのだろうか。
「君尋くんいるー?」
今日も放課後の図書室に来て僕の名前を呼ぶ彼女。
本に集中したい僕は彼女の声を無視して読み続ける。
「あれ?声が聞こえないな~」
入り口からは視角になる位置にいる僕は声を出さず、彼女が中に入ってこなければ巻けるようになっている。
が、
「君尋くんー?」
彼女の足音が廊下から室内に響くようになった。
「あー!見つけましたよ君尋大佐」
僕を見つけた彼女は駆け足で近く。
「私が渡した資料の人間失格は読んでいただけましたか?大佐」
座っている僕の隣で弛い敬礼をしながら聞いてくる。
「白木少尉、僕は多忙だ」
「お、のってくれるんだね!」
両手を合わせてちょっとテンションが上がっている白木。
「僕に用?人間失格ならまだ読んでないけど」
「特に用はないかな。強いて言えばさっきのがそうだし」
「ないなら帰ってくれ」
「じゃあ今、作る」
彼女は腕を組んで少し考えた後僕から離れ何処かへ行く。
少ししたらまた、彼女は戻ってきた。
一冊の本を手にとって。
「君尋くんと一緒に本を読むことにするよ」
元気よく僕に言うと目の前の席に腰を下ろす。
すると、本の頁を開いていき先程までとはまるで別人のように静かになった。
うるさいままでいるよりはましだがいつも騒がしい奴が大人しくなると違和感がある。
自分が読んでる本の片手間に彼女の本の題名を見て見るとそこには「痴人の愛」と書いてあった。太宰に続いて谷崎潤一郎だなんてなかなかな方向性だ。
何故彼女は文豪作品を読むのだろう。面白い小説なら他にもあるし、彼女の周りで話題に上がる本と言ったら今時のもののはずだ。陽キャが本を読むのか僕には分からないが、女であれば恋愛小説を読んでいてもおかしくない。それこそ携帯小説の方が読んでいてピンとくる。
「ねぇ何をそんなに見つめてるの?」
だいぶ彼女のことを見ていたのだろう。いつの間にか彼女は僕の方を見ていた。
「もしかして惚れちゃった?」
「は?」
「いや〜仕方がないよねだって私可愛いもん」
一人で頷きながら仕方がない仕方がないと繰り返す彼女に対してため息をこぼす。
「違う」
「絶対嘘だ!」
「違う」
「嘘!」
「この自意識過剰」
「え!?そ、そんなことないです!じゃあ、何を見てたの?」
自意識過剰と言われて恥ずかしくなったのか彼女は話をそらす。
「本」
「いや、見てなかったよね・・・」
「白木さんの本の題名」
「あ、私のか」
彼女は自分の本の表紙の方を見て言う。
「今時の本読まないんだなって見てた」
彼女は表紙を見つめたまま返す。
「今時のも読むよ。でも、こっちの方が性に合ってるって言うか落ち着くって言うか」
言葉では言いづらいらしくそのあとは続かなかった。
「白木さんは周りに合わせて今時のつまらない恋愛ものしか読まなそうなのに」
「何その偏見」
そんなことないですよって感じで口をへの字にするけど、機嫌は害さなかったらしい。
「今時ではないけどこれも恋愛ものだよ。私的にはヒロインのナオミちゃんがオススメ」続けて言う。
「時代性もあるからスルーしてるけど現代でいうと主人公かなりのロリコンだよー。確かこの作品書いたから谷崎潤一郎はロリコンって話になったんじゃなかったけ?」
「知るか」
短く告げて僕は自分の本に目を落とす。
「知るかじゃないよーここ面白いところだよ?」
「・・・・。」
「君尋くんー?」
僕が完全に沈黙したのを悟って彼女は立ち上がる。
「今日はこれでいいや、君尋くんは思ったよりもノリがいいのはわかったしそれだけで収穫だね」
本を棚に戻しカバンを持つ。
「じゃあまた明日」
彼女が出て行った図書室は彼女が本を読んでいた時よりも静かになった。
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