第1話 夏の終わりは休みの終わり

 僕が白木小幸と出会ったのは、夏休み最終日近くの図書室だった。

 夏休み中でも運用している図書室にこの夏はよく居た。

 この学校の図書室は面白い本が沢山あるうえ、冷房設備が完璧だ。

 勉強するのに必要な参考書系統が揃っているわけではないが、本屋大賞は毎年一通り揃えており、希望すれば漫画以外の大抵の本は買ってもらえる。

 教室を三つ繋げたくらい広く、学校事態古いからかここには古い本も幾つかある。

色褪せている本を手に取ると雰囲気が出ているなと思うし、カビの臭いがする本は元に戻す。

たまにはミステリー以外の本を読もうと思ったんだ。

 それで文学系を見てみようとた行の前で止まってた時だったな。


「何やってるの?」


 同じクラスの白木さんが立っていた。


「...。」


 誰もいないと決めつけていたからか声が出ない。


「おーい?聞いてる?聞こえてる?雀宮君尋くん?」

「...聞こえてる」

「そっか!で、君尋くんは何やってるの?」


 僕の隣に立ち僕の目の前の本棚と僕を交互に見る。


「本探しだよ」


 見ればわかるだろと悪態をつきたくなる。

 元々僕は人間関係が良好な方ではないし、人と関わること事態が嫌いだ。増して、彼女はクラスの人気者だ。関わったら何があるかわかったもんじゃない。


「やっぱりかー、普段はどういう本を読むの?」

「ミステリー」

「そっか、今もミステリーを探してるの?」

「いや、今は文学系のやつを探してる」

「気分転換?」

「うん」


 会話が途切れた。これで彼女はいなくなるだろう。

 また、ゆっくりと本選びに時間をかけれる。

 筈だった。


「...白木さんは何でここに居るの?」


 待ってましたとばかりに分かりやすくテンションが上がる彼女。

「よくぞ聞いてくれました!実は夏休みの課題が終わってなくてやりに来たの」


そこじゃない。

僕が聞きたいのは何で会話が終わったのに僕の隣に立っているかだ。

そして、課題をやりに来たなら僕の所にいないで課題をやれよ。

言いたいことは色々とあるが内気な僕は彼女みたいにテンションが上げられない。むしろ下がっていく一方だ。


「あ、あと、白木さんじゃなくて小幸で良いよ。クラスの皆もそう読んでるし私も雀宮くんを君尋くんって読んでるしね」


流石クラスの人気者。距離の詰め方が尋常でない程に早い。


「君尋くん。この本はどうかな?」


彼女が差し出してきた本は

「人間失格」

「うん、太宰治の人間失格」


 太宰治は中学三年の時に国語で読んだ走れメロス以外では読んだことがない。

でも、太宰治がなんとなくどういう人かは知ってはいる。

だからこそ、何故太宰治なんだ?

差し出してきたからにはこの作品がどういう話かは知っているはずだ。

僕が中々返事をしなかったからか、

「あれ?もしかして読んだことあった?あ、ごめん」と軽く言う。


「いや、読んだことはないよ。けど、意外だね。どうしてそれを?」

「私のお薦め」

「本はよく読むの?」

「文豪作品は一通りね。たまに芥川賞とか直木賞の作品も読むよ」


 またまた意外だった。彼女みたいな人は本なんか読まずにカラオケやらゲーセンやらと遊び歩いているだけだと思っていた。


「これをお薦めした理由はね、私を知ってもらおうと思って」


 世界の全てが静止した。

 私を知ってもらう?この本で?何を言っているのだろうか。

 夏休みの課題の現実逃避?僕でやらないでくれよ。

 この本は暗い話だろ?白木小幸を知るには180度回転が必要だ。


「この本を読んでも君の事なんて一切わからないと思うけど」


  小説は物語でしかない。よって白木小幸の自己紹介にはなり得ない。


「じゃあ、ここでカミング・アウトをしてあげよう」


  笑顔で白木さんは僕に近付き背伸びをして耳元で話す。


「私、心中相手を探してるの」


  鈴の転がるような声で、"私、死にたいの"と言うよりも物騒な事を口に出す。


「心中...」

「うん。あ、心中て知ってる?心中はね...」


そのまま心中の説明をしようとする白木さんを止める。


「大丈夫、知ってるから。心が通ってる男女が合意のうえで一緒に死ぬことだろ」


にまぁ~とした笑顔で彼女は言う。


「一つ訂正。心が通ってなくても心中は出来るよ、無理矢理家族を殺した殺人でも一家心中て言うでしょ?」

「嗚呼確かに。でも、重要なのは心中の定義の話じゃない。何故君がそんな話をするかだ」


 僕は真っ直ぐ彼女を見る。

 彼女は先程と変わらずのにまぁ~とした笑顔で答える。


「そんなの死にたいからに決まってるでしょ。それよりも、その本、折角お薦めしたんだから読んでよね」


 絶対だよ~て手を振りながら僕のもとから去っていく。

 嵐のようだった。否、嵐だった。ようなだけでは済まない。

 去り際に彼女から持たされた人間失格を眺めながら頭を抱える。

 急にやって来て、色んなものを荒らせるだけ荒らして去っていくのだ。

あれを、嵐と呼ばずに何と呼ぶ。

 取り敢えず、人間失格とミステリー系の本を二冊借りていくことにした。

 カウンターで借りている時に近くで勉強してた彼女の視線が痛かったが無視して図書室から出る。

 暑い。

 急な温度変化で鼻がムズムズする。

 出そうで出ないクシャミにやるせない気持ちになりながらも学校を出て帰宅路につく。

 家から近い学校を選んだため、三十分程歩けばいい。

たった三十分、されど三十分。

 歩くと汗は滲むし何より暑い。本当に暑い。

 地球温暖化が進んでしまった事がこんなにも悲しいと人間が実感するのはこの時なんじゃないだろうか。

 少なくとも海水がミリ単位で上がりましたとニュースで聞くよりも身近でわかりやすい。身近に感じないものに人は自重しよとするのが難しいから、この夏を期に国や企業にはより一層頑張って貰いたい。

五月蝿く鳴いている蝉が今年の夏が暑いことを後押ししているかのようだった。

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